お金ではなく時間を見せる。「行列アピール」のインサイトを探る

2026/10/20
ニュースタ!編集部

タイムラインに流れてくるスイーツの写真も、お店の口コミも、もしかしたらAIが作ったものかもしれない……つい、そう疑ってしまうことが増えた昨今、SNSで妙に説得力を持っているのが「行列の動画」です。

話題の店の前に延びる列、そこに並ぶ自分の足元、「いま30人待ち」のひとこと。お目当ての品より先に、並んでいる時間が投稿される。そんな「行列アピール」が、海外メディアでも新しい消費行動として取り上げられています。

便利さやタイパを突き詰めてきたはずの若者が、なぜあえて待ち、その待ち時間までアピールするのでしょうか。その背景を探ります。

「行列アピール」とは。お金ではなく「時間」を見せる消費

「行列アピール」とは、話題の店やイベントに並ぶ時間そのものをSNSで発信し、体験の価値や自分の熱量を示す行動のことです。

米経済誌Fortuneは2026年7月、若い世代が行列に並ぶ様子を投稿する現象を「conspicuous waiting(コンスピキュアス・ウェイティング)」として取り上げました。ベースになっているのは、経済学者のソースタイン・ヴェブレンが『有閑階級の理論』(1899年)で示した「誇示的消費(見せびらかしの消費)」という考え方です。高価なモノを買って見せることで、自分の地位を示す。それがかつての誇示的消費でした。

一方「行列アピール」で見せているのは、お金ではなく「時間」です。高級ブランドは買えなくても、1時間並ぶことなら誰にでもできます。Fortuneはこうした行列を「民主化されたスノッブ」とも表現しています。

数字もこの動きを裏付けています。米国のThe New ConsumerとCoefficient Capitalが2024年末に公表した調査によると、米国のZ世代の60%が過去1年に30分以上行列に並んだ経験がありました。ミレニアル世代の48%、X世代の31%を大きく上回り、さらにその92%が「並ぶ価値があった」と答えています(Axios)。

日本では「行列のできる店」という言葉があるように、行列そのものは見慣れた風景です。ただ、かつての行列が評判の結果だったのに対し、いまの行列は撮影され、発信され、次の評判を生む「メディア」になっています。

国内外で見られる「行列アピール」の事例

・NYの「11ドルのケーキ」に長い行列: ニューヨークのケーキ店「Sprinkle Cake」では2026年春、カラースプレーで覆われた11ドルのケーキを求める長い行列の動画がTikTokで拡散しました。「スプリンクルのためにそこまで?」と茶化すコメントまで含めて話題が広がった点が象徴的です(Fortune)。

・百貨店催事の「朝7時から約500mの行列」: 2026年4月、京王百貨店新宿店の「スイーツ&パン博2026」に東京初出店した「ロンネフェルト・ティ・サロン・名古屋」のアイリッシュモルトシュークリームには、開店3時間前の朝7時頃から約500mの行列ができ、1時間で1,000個が完売したと同店は発表しています。同店によると、クリームを注入する実演動画がXやInstagramで拡散し、行列につながったといいます(ロンネフェルト名古屋 公式)。

・数百円のガチャにも行列: 2026年5月には、人気キャラクターの「めじるしアクセサリー」シリーズで行列や即完売が相次いで報じられ、整理券の配布から抽選販売に切り替える店舗も出ました(PR TIMES)。日本カプセルトイ協会によると、2025年度の市場規模は前年度比39.0%増の1,960億円です(マネクリ)。手のひらサイズのモノでも、「並んで手に入れた」という過程ごと価値になっているのかもしれません。

なぜ今、行列が「見せたいもの」になるのか

背景には、AIが日常に入り込んだ2026年ならではの空気がありそうです。3つの視点から読み解いてみます。

・AIとは違う「生身の証拠」: Gallupが米国の14〜29歳を対象に行った2026年の調査では、AIに「怒り」を感じる人が前年の22%から31%に増え、「ワクワクする」人は36%から22%に減りました(Gallup)。Omnicom系のカルチャー研究ユニットBackslashは、2026年のトレンドレポートで、人々が人の手間や存在の痕跡、いわば「Proof of Human(人間であることの証明)」を求め始めていると指摘しています(Communicate)。画像も口コミも簡単に作れる今、実在する人が並んでできた列の長さは、偽装しにくいシグナルのひとつです。

・「乗せられたくない」から、自分の体で確かめる: Yelpが米国の18〜29歳を対象に実施した調査では、97%が飲食店を利用する前に何らかのプラットフォームで調べていると答えました。Fortuneは、若い世代は企業を嫌っているのではなく「乗せられること」を嫌っているのだと分析しています(Fortune)。画面の中の熱気を、現地で自分の時間を使って確かめる。行列は、その最終確認の場になっているのではないでしょうか。

・あえて手間を選ぶ「フリクション・マキシング」: 2026年1月、米メディアThe Cutのコラムニスト、キャスリン・ジェザー=モートンが提唱した「Friction-maxxing」は、便利すぎる日常に、あえて不便や手間を取り戻そうという考え方です。ワンタップで何でも届く時代に、わざわざ足を運んで待つ。行列は、その「手間」をいちばんわかりやすく体験できる場所とも言えます。

もちろん、誰もが行列を楽しんでいるわけではありません。行列そのものを冷ややかに見る声もあれば、転売目的の行列が問題になる場面もあります。行列は、あくまで「自分で選んで並ぶ」ことに意味がある、という点は押さえておきたいところです。

リサーチャーの視点:行列は、改ざんできない「痕跡」

写真も、レビューも、熱狂さえも、AIでそれらしく作れてしまう時代に、最後まで信じられるのは、「誰かが本当にそこにいた」という痕跡なのかもしれません。

行列は、その痕跡が目に見える形で積み重なったものです。並ぶ人の数を水増しすることも、あとから書き換えることもできません。

企業やブランドにとって、行列は管理すべき混雑であると同時に、熱量が目に見える貴重な瞬間でもあります。2026年10月には、ポップアップストアやライブ会場の物販向けのデジタル整理券サービス「WAITLY」が提供を開始するなど、物理的な行列を減らす工夫も進んでいます(PR TIMES)。

ただ、摩擦をゼロにすることだけが正解とは限りません。待つ時間に人の手仕事や本物らしさが見えると、待つこと自体が体験に変わります。

これから問われるのは「どれだけ待たせないか」ではなく、「待つに値する本物を、どう見せるか」なのかもしれません。

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