本記事は、アジアデザイン・イノベーション会議(ADIC2025)で発表された論文『自由エネルギー原理を用いた主体感と心理的安全性の統合に関する理論的枠組み(2025, 谷山, 久志, 柳澤)』の内容に基づき、執筆者の一人であるNEW STANDARD株式会社代表取締役で、東京大学大学院工学系研究科で学術専門職員として研究に従事する久志尚太郎が「アジャイルなプロジェクトにおけるチーミングへの応用」という観点で解説しています。

「心理的安全性が大事だ」という言葉は、今やどの職場でも聞かれるようになりました。しかし、単に「何でも言える空気」を作った結果、チームが責任感の欠如や馴れ合いの「コンフォートゾーン」に陥ってしまう実態も報告されています。
特に変化の激しいアジャイルなプロジェクトにおいて、私たちが真に必要としているのは、単なる「安心感」ではありません。メンバー一人ひとりが「自分の行動が、このプロジェクトを動かしている」と確信できる手応え、すなわち「主体感(Sense of Agency)」です。
「主体感」こそが、自走するチームのエンジン
主体感とは、自分の行動が結果を左右しているという実感のことです。この感覚は、楽しさや責任感を引き出し 、内発的動機づけや自律的な行動の源泉となります。
アジャイルなプロジェクト推進の要である「自律的なチーム」を作るためには、心理的安全性という社会的保証の上に、この「主体感」を掛け合わせることが不可欠です。最新の脳科学の理論である「自由エネルギー原理(FEP)」を用いると、このチームの状態は数理的裏付けをもった「設計対象」へと変わります。
脳の仕組みから解き明かす、チーミングの「4つのレバー」
本研究では、主体感や心理的安全性を、脳の学習メカニズムである「自由エネルギー原理(FEP)」から分析しました。ここから導き出された、アジャイルプロジェクトを推進するチームや現場ですぐに応用できる4つの設計ポイントを紹介します。
1. フィードバックの「一貫性」で迷いを消す
予測と結果のズレ(予測誤差)が大きくなると、人の主体感は低下します。リーダーは、メンバーの提案やミスに対して迅速かつ一貫した反応を返すことで、メンバーが「自分の行動の結果」を予測しやすくし、主体感を高めることができます。
2. フェーズに合わせた「予測のあそび」の調整
プロジェクト初期の未知な状況では、あえて予測精度を下げて幅を広く持つ(柔軟性を高める)ことが有効です。一方で、習熟が進んだ段階では目標やゴールへの解像度や予測精度を高めることが重要であり、学習ステージに応じた動的なチューニングがチームの勢いを維持します。
3. 「望ましい行動」をクリエイティブに明示する
「何が評価されるのか(望ましい状態)」が明確であるほど、心理的安全性は高まります。目標をクリアにし、そこに向かうためのフィードバックを設計することで、予測と目標のギャップ(期待される予測誤差)を埋めていくことが重要です 。
4. 挑戦のフェーズでは「許容の器」を広げる
高い目標に挑む際は、一時的に「許容範囲(Preference Variance)」を広げることが重要です。目標との距離が遠いときこそ、寛容な設定が安全性と学習を担保し、プロジェクトが安定してきたら徐々に目標に対する成果に集中していく設計が、持続的な学習を可能にします
組織デザインは「雰囲気」から「脳の科学」へ
これまでのチーミングや心理的安全性は、どこか「雰囲気づくり」の域を出ませんでした。しかし、主体感や心理的安全性を「脳の予測プロセス」として捉え直せば、主体性をもったチームを再現可能な形でデザインすることが可能となるのです。
アジャイルなプロジェクトを成功させるのは、心地よい「ぬるま湯」ではなく、全員が「自分がこの船を漕いでいる」と実感できるフィールドです。科学的な裏付けを持った新しいアプローチで、チームの主体性を最大化してみませんか?

