「問い続ける」ことができる組織や個人を科学する──対談:MIMIGURI デザインストラテジスト・小田裕和 × NEW STANDARD代表・久志尚太郎

2024/08/29
ニュースタ!編集部

NEW STANDARDでは、デザイン思考の専門家集団として、コーポレートマガジン『ニュースタ!』にて「デザイン思考」や「意味のイノベーション」について社外の専門家や実践者たちと対談していく連載シリーズを展開しています。

第三回に登場いただいたのは、MIMIGURI株式会社のデザインストラテジスト/リサーチャーである小田裕和さんです。

小田さんは2024年5月に『アイデアが実り続ける「場」のデザイン-新規事業が生まれる組織をつくる6つのアプローチ(翔泳社)』を上梓するなど、デザインを起点にしながら事業開発から組織開発まで、幅広いプロジェクトのコンサルテーションやファシリテーションに取り組んでいます。

一方、NEW STANDARDでは、代表の久志尚太郎を中心に柳澤秀吉氏(東京大学大学院准教授)との共同研究により、デザインイノベーションや感性の研究を深めています。

今回のMIMIGURI・小田さんとNEW STANDARD久志の対談では、デザインにおける価値と価値観の違いや、デザインの本質に迫っていきたいと思います。

関連記事:「意味のイノベーション」✕「感性設計学」で、ブランドやプロダクトの「新しい価値(イミ)」を創出する──対談:東京大学准教授・柳澤秀吉 × NEW STANDARD代表・久志尚太郎

それぞれの事業の「意味づくり」

久志:「意味のイノベーション」の研究者って国内では数えるほどしかいないので、今日は久しぶりに小田さんとお話ができて嬉しいです(笑)。少し近況報告をさせていただくと、今年の5月にクロアチアで開催された「DESIGN2024」というデザインの国際会議で論文が採択されて、今は「意味のイノベーション」を軸にさらに細かい研究をしているところです。具体的には「アイデーション(=意味をどう作っていくのか)」と「インサイトやデプスインタビュー」の研究をしています。今日はよろしくお願いします。

小田:ありがとうございます。僕自身も大学院を卒業してまだ5年経ったところなんですが「意味のイノベーション」の研究もしつつ、ベースは「デザイン教育」や「デザイン研究」にあります。なので企業との取り組みのなかでも、新規事業開発や新しい意味づくりの際にどのような「場づくり」ができるか、という観点をこれまでも考えています。

久志:面白いですね。もう少し詳しく教えてください。

小田:たとえば、とある企業の新規事業で、社員から新しいアイデアを募集したとします。たくさんのアイデアの中から通るのが1〜2案だとして「通らなかった人たちはどうなるんだろう?」というのが気になっていたんです。通らなかった結果「出しても意味がない」という感覚が形成されてしまえば、やればやるほど新規事業のアイデア数が減っていってしまう。徐々に社内の空気としても「なんでそんなことやってるの?」とか、既存事業と評価軸も異なるので「そんなことやっていていいの?」となり、取り組みに関わった人のエネルギーやモチベーションも失われてしまう。やればやるほど創造性が失われる新規事業って果たして意味があるのか? と。 それでも我々に企業様から問い合わせが来るのは「どうやったらいいアイデアが出せますか?」というものが多いので、もう少し組織自体が豊かになっていく方向でスキームを作らないといけないなと思ったんです。MIMIGURIの掲げる「創造性の土壌を耕す」というスローガンのもと、こうした価値創出に取り組む組織のあり方を探究しています。

久志:なるほど。NEW STANDARDでは今や「意味づくり」が事業の中心になっていて、新しい価値(イミ)をつくるためメソッドを武器にしているんです。ロベルト・ベルガンティとドナルド・ノーマンの共著論文では「ラディカルなイノベーションは、テクノロジーチェンジ(技術的な変化)かミーニングチェンジ(意味の変化)でしか起こらない」と主張されていて、とくに「意味のイノベーションを実現するための、意味解釈のプロセスにより重点をおいて研究を深める必要がある」と言っているんです。ただしその方法については詳しく言及されていないので、NEW STANDARDではそこを研究対象にしているんです。具体的には、我々は新しい意味の作り方として「記号×文脈=意味」というフレームワークを提唱しています。たとえば「ビール」という記号に対して「休日」という文脈を掛け算すると「リラックス」という意味解釈ができる。対して「スポーツ観戦」という文脈で意味解釈すると「熱狂」という意味解釈ができる。これらをいわゆるデザインリサーチのプロセスに落とし込んだり、世界中のさまざまな事例を収集するなかでクライアントワークに落とし込んでいるんです。

参照:マーケティングに重要な「意味づくり」 実は日本人の得意分野(日経クロストレンド「【1週間で分かるマーケ講座】新価値創造メソッド」より)

デザインにおける「価値」と「価値観」の違い

小田:僕はロベルト・ベルガンティの「意味のイノベーション」は「価値観の変容」だと捉えているんです。ベルガンティは著書『突破するデザイン』のなかで「意味とはDirectionである」と言及しています。僕はこれを「物事をどのように見るのか」という価値観の話として読み解けると考えています。たとえば革製品は、昔は「本革がいい」と言われていたけど、人々の価値観が変容したことで「フェイクレザーやヴィーガンレザーがいい」という話になってきている。物自体は変化していないのに、我々の価値観が変化している。それを久志さんは「文脈」とおっしゃっているんだと理解しました。この価値観の話が実は新しい意味や価値を作っていくうえで、ものすごく大事になってきますよね。さらに言うと我々の価値観にも絶対解がないので、それを探究し続ける(考え続ける)ことがデザインの本質なんじゃないかなって思っています。そして僕の場合は、そういうことができる組織や場をどうやったら作っていけるのか、ということを考えていますね。

久志:まさにですね。一方で、組織において価値観を形成して、浸透して、育てていくことって、その重要性は十分に納得感があるのですが、とても難易度が高いようにも感じます。どういうプロセスがあれば再現性が担保できるとお考えですか?

小田:組織や場づくりにおいては「価値を作る」ではなく「価値を作れる状態を作る」ということだと思います。これはデザイン思考の浸透において誤解されたところだと思いますが、デザイン思考自体をステップモデルにしちゃったんですよね。「こういうプロセスを踏めば大丈夫だよ」と。ただ実際はそんなことはなく、プロセスを自ら作り出す部分の再現性が重要だという話だと思うんです。「このプロセスを真似すればいい」ではなく「自分でプロセスを作っていくこと」。結果的に「価値を作る人」は、その過程にどんな認知的な構造や考え方があるのかを理解しているので、再現性があると思っています。

久志:すごくよく分かります。当社もIDEOが出資するベンチャーキャピタルD4Vから出資を受けた際にデザイン思考をインストールしてもらったんですが「誰もそんなステップ通りにやってないよ」と言われて、当時は衝撃を受けました(笑)。実際その通りなのですが、僕自身はそこにすごく課題意識があって「じゃあどういうやり方だったら? どういうアイデーションだったら? どうインサイトを紐解けば? どういう構造のなかで考えれば?」というのを、かなり細かくプロセスに落とし込んで論文でも発表しているんです。

「分からないこと」を問い続けることの重要性

久志:最初の話に戻りますが、そうなると先ほどの「組織におけるアイデアの評価」も、評価そのものが「考え続けられる仕組みになっていない」もしくは「そういう組織構造やビジネスモデルになっていない」ということなのでしょうか?

小田:我々のクライアントさんはメーカーが多いんですが、どうしてもメーカーって「商品単位」なんです。論点が常に「開発→発売→販売実績の検証(売れたのか売れてないのか)→次の開発」という流れでジャッジされるので、プロセスが断絶されてしまうようなことが起きます。一方SaaS系で何が起きてるかというと、プロトタイピングを繰り返しながら「本当は何が顧客にとっていい価値なんだろう」とずっと探っているので、探究が途切れないんですよね。もちろんメーカーさんも「ビジネスモデルを変えなければ」と、サブスクへの転換を図るケースなどは増えています。ただ結局、顧客価値の探究を続けられないまま、ビジネスモデルだけが変わっているケースをよく見かけます。「オンラインのファンコミュニティを作りました」となっても、本質的に一緒に価値を探求していく関係性にできていなかったり、ファンコミュニティと一緒に考え続けていける場づくりになっていない、といったケースです。

久志:なるほど。それって結局「問い」が大切だということになるんですかね?

小田:はい、結局は「問い」の話になっていくと思います。顧客にとっての価値を考えていく上で、自分たちが考えたくなる「分からないこと」をどうやって見つけられるのかが実はとても大切で、それを組織のなかで「見つけ続けるサイクル」として、再現性を考えることが必要だと考えています。

久志:問えなくなる=新しいアイデアが考えられない、作れない、改善できない、生み出せない、ということですね。

デザイン思考による再現性と、人間理解について

久志:今日、小田さんとお話ししたかったテーマのひとつに「デザイン科学とデザイン実務の乖離について」があります。企業や組織におけるデザインやクリエイティビティ、新しい価値を創造するプロセスが、まだまだブラックボックス化していると感じます。逆にデザイン科学はデザイン実務と遠かったり……。ですので、もっとデザイン科学と実務を行き来するような研究や実務が必要だと感じています。一方で、個人の再現性についてはいかがでしょうか?

小田:以前『問いの立て方』の著者でもある宮野公樹先生とお話ししたときに、問いを立てる前には「感受(かんじゅ)」が大事なんだという話になったんです。まずは感じることができるか、それが大事だとおっしゃっていて。これをさらに僕なりに読み解くと「自分自身の考えたくなる気持ちがどういうふうに湧いてくるのか」ということに意識を向けることが重要だと考えているんです。これはアイデンティティの話でもあって、自分はなんのために、何を作ろうとしているのか、自分が作ったもので誰のアイデンティティを揺さぶろうとしているのか、とか。人と触発し合う状態を作り、またそこで生まれる心の動きを相互に深掘りし合える状況を実現しなければならない。

久志:なるほど。興味深いですね。

小田:いま東洋大学の非常勤講師としてデザインの授業をやっているのですが「自分たちがワクワクしない状態でモノを作っていても、人がワクワクするものは絶対に作れないよ」と、シンプルなことを伝えているんですね。もちろん、自分たちだけがワクワクしていればいいわけでもなく、誰かのためにやるのがデザインの本質。ベルガンティは「愛のあるギフト」と表現していたのですが、その人たちにラブレターが書けるのか、逆にラブレターが返ってくるような関係性が築けているのか、という部分は大事ですよね。自分自身のアイデンティティが変化して「私はこれがやりたいんだ」となった瞬間は、とても大きなエネルギーが生まれてきますよね。起業家の方たちと話していても、そのアイデンティティの変容プロセスを繰り返しているんだと感じることが多いんです。組織の話に戻すと、今の日本ではアイデンティティが変化する瞬間がない。アイデンティティが変わり続けていくことを組織のなかで生み出し続けること自体を「人的資本」として評価できるようになったらいいなと思っていて、「アイデンティティ資本」という形で探究できないかなと考えています。

久志:冒頭で、最近はデプスインタビューの研究をしているとお話ししたんですが、正確に言うと「人間理解」の研究なんですね。たとえばメーカーの方が商品開発やブランド開発をする際に生活者の方へインタビューをするわけですが、インタビュー対象者の「人間理解」ではなく、つい自分を投影してしまい、つまづいているケースをよく見かけます。小田さんは「人間を理解する」ということをどう捉えているんですか?

小田:理解の定義にもよりますが、一般的には「MECE」に分解して理解する、と捉えている人も多いような気がします。でも、人間の価値観や感情や想いはすごく曖昧なものだと思うんです。たとえば僕が学生にインタビューをするとき「なぜ?」という質問にはけっこう限界があると思っていて……。「なぜ?」ってとても断定的なんですよね。結論を出さなきゃいけないニュアンスが強いし、自分のことを正しく分析して言語化しなければいけない強迫観念が襲ってくる。それを「どこから?」に変えてみたんですよ。

久志:うんうん、インタビュー手法としても興味深いですね。

小田:「なぜそう思ったのか」ではなく「その気持ちはどこから?」と聞くようにしてから、学生が答えてくれるようになったんです。「どこから?」って結局、自分の感覚を辿りにいくことです。なぜこの感情になったのか辿りにいくので、結果的にいま湧いてきている曖昧な感情もそのまま話していい、という前提になるんじゃないかなと。話を戻すと、どこまで行っても、誰かのことを「理解できた」という状態はないんじゃないかと思っていて。「理解し続けようとしなきゃいけない」と思うんです。さらに言うと、それは自分の気持ちに対してもですし。「その気持ちはどこから?」と相互に観察しあう関係性になっていくと良いんじゃないかと思うんですよね。

久志:「どこから?」ってつまりはルーツですし、「なぜ?」の言い換えとして素晴らしいですよね。我々は「人間のパースペクティブ(物の見方)がどういうふうに作られているのか」を理解するための構造を作っているのですが「環境→文脈→思考→習慣→行動」と定義しています。デプスインタビューでは、それを逆から見ていくんです。その人の行動を見ていきながら、普段どういう習慣を持ち、どのような思考なのか、その人が生きていく上での文脈はなんなのか、そして環境はなんなのか、ということを紐解いていくので、ルーツ的な発想です。まさに「どこから?」を理解するための構造なので、今の小田さんのお話でとてもしっくりきました。

小田:ありがとうございます。言い換えるだけなので簡単ですしね(笑)

久志:今日は小田さんの話を聞きながら「問い続けること、考え続けること」の重要性を改めて認識できましたし、それこそがデザインの本質だなと思います。その上で、小田さんは「問い続けること、考え続けること」の土壌づくりに尽力されていますし、NEW STANDARDではそのプロセス自体を属人的なものにせず、再現性のあるものに科学しようとしているのだなと整理できました。本日はありがとうございました。

PHOTOGRAPHS BY SHUNSUKE IMAI, TEXT BY KENJI OSHIMA, INTERVIEW BY KOTARO OKADA

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