「企業の具体化力」×「アカデミアの抽象化力」を融合するには? 第26回日本感性工学会大会 ナイトセッション 全文レポート

2024/11/06
ニュースタ!編集部

2024年9月13(金)に開催した「第26回日本感性工学会大会」内ナイトセッション「産学連携による感性研究の可能性 ーユーザインサイト研究に基づく事例紹介ー」

当社NEW STANDARDからは、コメンテーター・座長として代表取締役の久志尚太郎が参画し、ファシリテーターをブランド&ビジネス開発グループ 事業責任者の白鳥秋子が担当。また弊社顧問であり日本感性工学会副会長の柳澤秀吉氏(東京大学大学院准教授)にもご登壇いただき、日本を代表する企業の方たちとパネルディスカッションを実施しました。

本記事では、企業の目線と、研究(大学)の目線のそれぞれから語られた「産学連携による感性研究の可能性」について、1万字超えの全文レポートをお届けします。当日の熱気を感じ取っていただけたら幸いです。

※写真左から
<ファシリテーター・進行>
白鳥 秋子(NEW STANDARD株式会社)
<当日の登壇者>
柳澤 秀吉 氏(東京大学)
阪梨 英樹 氏(ヤマハ株式会社)
森 健太 氏(株式会社マンダム)
荒川 尚美 氏(株式会社資生堂)
森川 東勲 氏(TOPPAN 株式会社)
久志 尚太郎(NEW STANDARD株式会社)

はじめに

——本日司会を勤めさせていただくNEW STANDARDの白鳥です。本日は「大学と企業から見た共同研究の魅力」や「産業界が感性研究に期待する可能性」などについてみなさんとセッションしていければと思います。まずはみなさん、簡単に自己紹介からお願いします。

資生堂 荒川さん:資生堂の荒川と申します。(株)資生堂 みらい開発研究所で基礎研究に携わっております。人が肌や化粧品に触れた時に感じる感覚やそこから感じる感性を研究することで、お客様の心に響く化粧品開発へ貢献をしております。

ヤマハ 阪梨さん:ヤマハの阪梨と申します。今日は静岡県浜松市からやってまいりました。バイクではなく、楽器のほうのヤマハですのでよろしくお願いします。仲は良いんですが別会社です(笑)。そんな楽器のヤマハで研究部門の部長を勤めております。

マンダム 森さん:化粧品会社のマンダムにて商品企画を担当している森と申します。今日は企画開発やマーケティングの視点から感性に関してお話させていただけたらなと思っています。

TOPPAN 森川さん:昨年まで凸版印刷という社名でしたが、印刷が取れてTOPPAN株式会社という社名になりました。今ではお得意先のデジタル支援をするお仕事がだいぶ増えています。私はデジタルマーケティング部門に属しておりまして、お得意先のマーケティングを支援するような立場になります。

NEW STANDARD久志:今回のナイトセッションを東京大学の柳澤先生と企画させていただいた久志と申します。当社はスタートアップでして、ブランド開発や新規事業開発の支援事業、広告事業などをやっています。2023年4月から柳澤研究室と共同研究を始めていまして、今日はスタートアップと大学の共同研究という観点でも色々とお話できると嬉しいなと思います。

東京大学 柳澤氏:日本感性工学会の副会長を務めさせていただいております、東京大学の柳澤です。私のバックグラウンドは機械工学で、感性価値を考慮した “もの” の設計に関する研究をしています。今日はおそらく “もの” だけではなく無形のもの、つまりサービスなども感性工学の範疇になりえるのではないかという期待も込めて、産学連携の可能性を議論したいと思います。日本感性工学会の良いところは、産業界からの参加者が非常に多いことです。なかには文系のバックグラウンドを持った方も多く、ハッとさせられる発表や質問が多々あります。まったく異なった観点から議論が広がる、非常に面白い学会かと思います。

産業界では「インサイト」の定義が曖昧

——イントロダクションとして、NEW STANDARDと柳澤研究室の共同研究の内容と成果について、まずは久志さんからお願いします。

NEW STANDARD久志:まず我々NEW STANDARDは「意味のイノベーション」という分野に立脚しています。意味のイノベーションは、新しい意味を作ることによってイノベーションを起こしていこうという考え方です。たとえば最近、サウナが流行っていますが、かつてのサウナはおじさんたちが我慢大会をするような、熱苦しい部屋みたいな印象だったと思うんですね。ただ今では「ととのう」という新しい意味が付与されてブームが広がったり、若年層の方や女性の方もライフスタイルやファッションの一部としてサウナに行くことが増えたと思います。そういった、今まである対象に紐付いていなかった意味を付与することで新しい価値を作り広げていこう、というイノベーション理論に立脚したビジネスをやらせていただいております。一方で「じゃあそれってどういう風に再現していけるんだっけ?」や「どういう風に異なる分野で実現していけるんだっけ?」という部分にまだ研究的な解がそこまで多くなかったので、柳澤先生との共同研究で、その理論や方法論を明らかにし、実務へ落とし込んでいます。

——なるほど。「意味のイノベーション」の研究について主に連携されているのですね。「インサイト」についてはいかがでしょうか?

NEW STANDARD久志:いま産業界のなかで、とくに商品開発やマーケティング領域に近い方はよく聞かれると思いますが「生活者インサイト」や「ユーザーインサイト」という言葉がものすごく飛び交っているんですね。この背景にはN=1 、つまり1人の生活者や消費者が何を求めているのかをしっかり見ていくことが、商品開発やマーケティングにおいてとても重要なんだ、ということを様々な形で言っているんですね。「N=1」「インサイト」という言葉を聞かない日はないぐらいです。それらは徐々に研究所に所属されている方々にも求められるようになってきているように感じます。一方で面白いのが、それだけ注目されているインサイトの定義や発見方法が産業界のあいだでも曖昧で「あれはインサイトじゃない」とか「あのやり方は間違っている」のように、インサイトの話を始めるとみんな喧嘩しだすんですね。そういった曖昧さに対して、2024年は柳澤研究室と共同で「じゃあ何がインサイトなのか」という学際的な定義を心理学など様々なアプローチから新たに提案したり、「どうやったらインサイトを見つけられるのか」というインタビュー手法を感性研究の観点から進めてきました。産業界とアカデミアを融合させていくことによって、産業界で曖昧になっていたことの「答え」みたいなものを提案できたと感じています。産学連携の意味や価値は、まさにこういった曖昧さや、注目されているけど、まだ明らかになってないようなことを連携することで、新しい理論や方法論が生まれることだと思います。

企業の具体化力×アカデミアの抽象化力

——ありがとうございます。ここからは、登壇者のみなさまから見た「共同研究の魅力」について伺っていきたいと思います。ヤマハの阪梨さんお願いします。

ヤマハ 阪梨さん:我々は音や音楽を研究対象にしていて、その領域だけで研究者が100人ぐらいいますが、こんなことをこんな規模でやっているところはなかなかないんじゃないかなと思います。共同研究はいろいろなところとやらせていただいていますが、とくに感性の研究において、共同研究は大事だと考えています。というのも、自分たちだけでやっているとどうしても視野が狭くなり、音や音楽を扱うなかで発生する局所的な問題を解決するという意識に陥りがちなんです。おそらく他の企業も同様でしょう。そうすると「知の探索」に力を入れなければならないと言っているにもかかわらず、やっていることは現実の問題解決に留まってしまう。そこで助けになるのが「外から見た多様な観点による抽象化」です。企業は局所的な課題解決など「具体化力」は強いのですが、一方で物事を抽象的に考えるところにどうしても限界があります。この「抽象化力」はアカデミアの得意な分野だと思っています。さまざまな企業のさまざまなケースを公平に見て、その中からある物事を抽象化してモデル化できることがアカデミアの強みではないでしょうか。どうしても企業では「目の前の問題解決をしよう」という意識が先行し、抽象化まで行う余裕がない。つまり「企業が持つ具体化力」と「アカデミアが持つ抽象化力」を融合することが共同研究の魅力ではないでしょうか。

——たしかに、ひとつの企業が具体化していることと、アカデミアでの抽象化が合わさっていくことで、日本全体が引き上げられていくイメージを持てました。では次に資生堂 荒川さんお願いします。

資生堂 荒川さん:私は、化粧品を使ったときや肌に触れたときに「お客様がどう感じるか」を基礎研究の視点で調べております。先ほどN=1のお話がありましたが「そもそも人はどう感じるのか?」という広い共通点を見出すことが研究の対象になってきます。主観的に感じる感覚や、心、気持ちをどうやって科学的、客観的に評価してものづくりに活かすのかが我々の重要な課題です。共同研究の魅力については2つの視点で述べます。まず、産×学からは、「アカデミアの方々が何に着目しているか」を学ばせていただいています。例えば、感性を客観的に評価する新たな評価方法を学び、技術の導入の可能性を探っています。もう一つの視点の産×産からは、研究の広がりを感じております。例えば、今回の感性工学会でYKK株式会社さまと一緒に取り組んだ研究を発表しております。面ファスナーと化粧品という異なる素材でも、同じ評価法で素材の感触を評価できる可能性がわかりました。

——興味深いですね。一見、化粧品と面ファスナーに共通項は見出せないのですが「感性」というキーワードを通じて共同研究できるのはとても面白いですね。一方、大学側から見た共同研究の魅力について柳澤さん先生お願いします。

大学は企業から「リアルな具体」を学ぶ

東京大学 柳澤氏:まず、大学がそもそも何を目的に活動しているのかを整理しましょう。大学教員の使命は主に3つありまして「研究、教育、社会貢献」です。企業のみなさんは「利益を上げる」使命があると思いますが、まず明確に目的が異なります。共同研究について大学の観点から考えると社会貢献がわかりやすいです。感性の数量化モデルに関して、普遍的な法則を探求する研究をやっています。先ほど抽象化の話も出ましたが、ある特定の感性ではなく、そこに共通したものを抽出して抽象化すること。これは科学の使命であり、研究探求の意味とはこういうところにありますね。抽象化するとそれを別の具体に展開することができますし、上位概念に戻って別の概念へ落とし込むこともできます。一方で抽象論だけでやっているとだんだん数学の世界になってきて、工学へ落ちなくなることがある。ですから実際の現場でどんなニーズがあるか、どんな問題があるか、を具体的に認識することが重要です。今まで20社くらいと共同研究をしているのですが、現場ならではのリアルな課題やレアケースを聞きながら我々も学んでいます。共同研究でひとつやってはいけないのが「大学を下請けとして扱うこと」です。これはやらないほうがいい。お互い損をすると思います。その能力がある先生方もたくさんいらっしゃるので、そういうふうになることもありますが、やはり抽象化が大学の得意領域なので、ぜひそれを活用していただきたい。教育の観点についても補足します。大きく2つあり、ひとつは共同研究に学生にも入ってもらうことで、社会を知りながら研究をするというところが大きなメリットです。2つめは社会人教育です。実は現在、久志さんも博士号を取ろうと頑張って研究をしておりますが、社会人ドクターを私が指導するようなスタイルもあります。とくに感性工学は学問としてまだ30年ほどの歴史しかなく、感性工学の基礎教育を大学で受けて世の中で活躍されている方がまだまだ少ないです。

——共同研究の魅力について貴重なご意見をありがとうございます。ここからは「マーケティングや研究開発で重要度が高まるユーザインサイト」についてセッションしていきましょう。

インサイトの定義やフレームワークの重要性

NEW STANDARD久志:感性研究は人の気持ちや感情、感覚についての研究ですが「商品を売る・届ける」という観点では「インサイト」のような表現で語られます。すごくシンプルに言うと「どうやったら買ってくれるのか」「みんな何が欲しいのか」を明らかにしたいのですが、それがなかなかわからない。または手法が確立されていない、という課題感です。まさにそういったビジネスでの課題は、感性工学会でやられていることをもう少し領域を広げるだけで、解決できることがたくさんありそうだなと感じています。

——資生堂 荒川さんはどのようにインサイト領域の研究をしていますか? 成果や課題などがあれば教えてください。

資生堂 荒川さん:インサイト=「人を知ること」だと思います。我々の研究の対象は人です。インサイトという言葉が適しているか分からないのですが、研究とマーケティングは分野が異なるものの、人の研究で得た学びがマーケティングで着目しているお客様インサイトの理解に貢献できる可能性は十分にあると思います。

NEW STANDARD久志:インサイト研究については、まずは「人間を理解する枠組み」や「人間の認識がどういうふうにできているのかを考える枠組み」がなかったという課題がありました。たとえば生活者が潜在的に感じていることを紐解くインタビュー手法といっても、じつはとても曖昧だったりするんですね。インタビューする人の経験や勘に左右されたり。そういった暗黙知になっていた部分や感性などの難しい問題を明らかにしていくのが感性工学の素晴らしい部分なので、我々もひとつずつ構造や枠組みを整理している段階ですね。じゃないと、インサイトに関する議論が職人技のような話になってしまい、水掛論になってしまうんですよね。

東京大学 柳澤氏:インタビュー手法で深層心理をどれだけ掘り下げられるかは、さまざまに研究されています。例えば、よく使われる方法ではラダリング。はしごを登り降りするように因果の構造を形成します。「なぜなぜ分析」と言ったりもします。これは臨床心理から生まれた考え方で、カウンセリングをする際に原因を掘り下げていく手法として使われたことからきています。一方で私が研究として興味があるのは、手法をさらに抽象化した大元の原理です。「どういう原理で人間は行動しているのか、どういう原理で認識しているのか」ということです。ご存じの方もいるかと思いますが「自由エネルギー原理」という最近提唱されている脳の原理を使って研究しています。そういった原理が分かってくると、人間の感情が本質的に理解できるようになってくる。例えば、錯覚現象みたいなものは一見不思議ですが、その原理が分かればなんら不思議なことではないということも説明できるわけです。

感性研究に期待したい「現場のリアルな課題感」

——ここからは産業界が感性研究に期待することや可能性についてお聞きしていきます。ではマンダム 森さんとTOPPAN 森川さんお願いします。

マンダム 森さん:私の担当業務はマーケティングですので、先ほどお話が出た生活者へのグループインタビューやデプスインタビューもよく実施しております。マーケティングの領域でインサイトや顧客理解を学ぼうと思うと、成功事例を中心とした「ケース」から学ぶことが多いです。もちろん成功ケースから学び取れることはたくさんあり、学びになるのですが、感性研究を通じてインサイト把握の方法が体系立てられてメソッド化されると、より一層インサイト把握の再現性が高まると思うのでとても興味深く、期待しています。また企業がチームとしてマーケティングを行うときに「インサイトを読み解く力は経験で磨いていくものだ」というような暗黙の共通認識がなんとなくできあがってしまいがちだと思います。それに対して、経験だけではなくエビデンスに基づいて体系立てられたインサイト把握のメソッドがあると、経験が少ない若いメンバーや新入社員でももっと活躍できるようになるのではないかという期待があります。また、感性価値創造の話でいくと、先ほど柳澤先生が仰っていた「自由エネルギー原理」がとても興味深いですね。私はヘアスタイリング剤などの商品企画も担当しているのですが、たとえば淡い色の容器に入っていると整髪力が弱く感じて、黒い容器だと整髪力が強く感じられることがあります。これは事前に予測する情報と中身の一致度合いの話だと思うのですが、こういった事例もこれまでは経験値で語られることが多かったです。こういったことも感性研究を通じたエビデンスを持って読み解いていけると生活者理解も進むし、マーケティング活動の再現性も高くなるのではないかなと感じます。

TOPPAN 森川さん:私は得意先のマーケティングをデジタル技術を使って解決していく組織に所属しておりますが、ここ5年ぐらいで急激に組織が大きくなっていて、いろいろな流派の人間がいるんですよね。大きく2つで、プランナーの人間か、CRMなどデジタル領域の人間です。前者は先ほど森さんもおっしゃっていたように経験と直感でいい企画を作ってプレゼンし、得意先から仕事を取ってくるタイプ。後者はダイレクトマーケティング的な手法を用い、数字やデータを見ていく流派です。いずれも課題はあって、プランナー側は昨今の得意先の傾向として「なぜ?」をシビアに要求されるので説得材料が欲しい。一方でデジタル側はある程度データで効率化ができても、それだけでは、どこかで事業の踊り場がきてしまう。そうなったとき、いずれの流派にも「感性研究を起点にした顧客体験」のようなエッセンスが重要になってきて、融合していく必要があると思うんです。従来の定量調査とも異なる形で、感性や顧客体験を指標化したり、メジャーメントできるようなオリジナル手法が作れたらいいなと思っています。イメージ的には、NPSの顧客体験版みたいなものでしょうか。それが融合できると本当に仕事がしやすくなるし、得意先のビジネス成長も支援できるのではないでしょうか。

研究側から見た「感性研究の課題」とは

——「感性研究の課題と今後の可能性」について、研究側からもお話を聞かせてください。柳澤先生お願いします。

東京大学 柳澤氏:いくつかあるのですが、ひとつは「研究成果の見える化、プレゼンスの向上」です。とても意味深く可能性がある分野ですが、社会において感性工学研究を見える化し、発信することがさらなる好循環を生むと思います。次に「エキスパート人材の育成」です。まだまだ不足していて、私ももとは機械工学出身でそれを拡張する形で研究しています。学生の人材育成はもちろんですが、産学連携を通して「使える感性工学の知識」を育てていくことも課題です。感性工学はまだ30〜35年ほどの歴史しかない学問です。歴史の浅い学問では基本的にたくさんの事例を集め、そこからパターンを抽出していくボトムアップのアプローチになります。一方で学問として次のステージに進んでいくためにはトップダウンのアプローチとの両面性が必要になってくると思います。次に「オープンイノベーションによる共創」です。1つの大学、1つの企業ではなく産産学学のように複数連携していく取り組みが、感性研究においては実現できると思うのです。最後に「国際化」です。感性工学は日本発祥の学問で、この「感性(KANSEI)」という言葉の対訳は英語など他の言語にはないのですね。ということは、日本の文化が持っている独自性であり、武器にもできるわけです。海外の人がその言葉を持っていないとすると、彼らが気づけない「概念」を日本人は持っているわけです。これを科学にし、産業に応用し、世界に発信することで、国際的な価値になってくるのではないかと思っています。

——なるほど。さらなる広がりがイメージできました。また企業目線で感性研究の活用が期待される分野についても伺っていきたいのですが、資生堂 荒川さん、いかがでしょうか。

資生堂 荒川さん:「個」と「グローバル」の2つの視点でお話したいです。まずは「個」についてです。資生堂は、2030年に「PERSONAL BEAUTY WELLNESS COMPANY」として、生涯を通じて一人ひとりの自分らしい健康美を実現する企業となることを目指しております。パーソナル、つまりお客様一人ひとりに合った美の提供のために、それぞれのお客様の感性を理解することが大事になります。そのときに、ただお客様一人の感性を理解して美を届けるだけではなく、研究ならではの客観的な見方でお客様の感性を抽象化することで、別のお客様の感性の理解のためにその研究知見が水平展開できると思います。そういった広がりのある研究を今後も行っていきたいと思っております。次に「グローバル」です。私自身もいろいろな文化圏のお客様に会って研究を行っています。海外では日本で考えている「感性」とはまったく異なる「感性」があり、とても刺激的でした。ただそれを「いい刺激を受けたな」という感想で終わらせるのではなく、研究で客観的に示すことで主観的に表現された言葉の壁を越えることができ、グローバルのお客様の感性を理解できると思います。

産学連携で「ズレ」を修正する

——個とグローバルという対極にありそうなところを感性でつないでいく、というのはとても興味深いですね。ヤマハ 阪梨さんはいかがでしょうか?

ヤマハ 阪梨さん:私が感性研究に期待するところは、お客さまの価値観と私たち企業の価値観のズレに気づかせてもらえることです。私たちの取り組みでは大きく2つの領域がありまして、ひとつはものづくりへの還元を目的とした感性研究です。もうひとつがお客さまとのつながりを目的にした感性研究です。ものづくり系でいえば音や音楽に関しての人間の感じ方ですね。これを評価して、モノ側を制御し、望ましい音や音楽をどうやって実現していくかというアプローチです。もうひとつのお客さまとのつながりのほうは、お客様の価値観そのものですね。なぜみなさんはこの音楽が好きなのか、楽器を演奏するのか、と、ここまではまだいいんですが、背景をどんどん深く探っていく。これがとても大事で、我々がまだできていない部分だと感じています。ここをしっかりとやることによって、お客様と私たちの価値観や認識を一致できると思っています。私たちもものづくりを140年近くやっていますが、結局趣味性の世界なんですよね。浜松は素晴らしい土地ですが、100年以上同じ場所で同じものを作っているとどうしてもお客さまとのズレが発生してしまう。実はうまくいっているときが1番危険で、企業は数字には敏感だけれど、それがなぜヒットしたのかの分析は甘いところがあると思っています。数字が出ているときは「いいから作れ」となりがちなんですね。でも振り返ると、我々が意図していなかったところにお客様が本当の価値を感じていた、ということが往々にしてあるはずなんです。それに気づかないとガラパゴス化していく。お客様が離れていった後に分析してももう遅いんです。そこで期待したいのが感性研究です。個人の経験だけに依存するものではなく、ある程度抽象化されたモデルで、お客様の価値観を説明可能なものが必要になってくると感じます。

東京大学 柳澤氏:今お話にあった「モデリングの重要性」と「なぜを考えること」は非常に重要だと思います。直接観測できる現象のパターン化だけでは限界があり、その背後にある原因を「なぜなぜ」と掘り下げていく。研究におけるインサイトは、仮説を作ることではないでしょうか。なにかしらの現象に対して、原因はなんだろうと考えていくこと。原因が仮説なわけです。その仮説にもとづく予測が結果を説明できなかったら、仮説が間違っているということ。そうしたらまた仮説を修正する。企業のものづくりもおそらく同じなのかなと思っています。研究においては、少なくとも最初の仮説を立てることがインサイトになる。それさえうまく立てられれば、定量的に統計手法を使って具体的に評価ができる。ただし最初の仮説を間違えてしまうと、異なった仮説のもとで検討違いのことを進めてしまいがちです。例えば、ニュートンの素晴らしいところは、良い仮説を考えたことです。なぜ星がそう動くのか? その原因が力であるというのは、これあくまでも人間が勝手に考えた概念なのですね。力という概念を原因として置くと、そこから我々が目に見える、いろいろな物体の動きが説明できます。物理は事実のみを追求していると思われがちですが、実は人間の心理的な仮説にもとづいてなされているわけです。感性においてその仮説をいかに作っていくのかが面白いところです。

「感性工学」が、日本の産学連携を牽引するか

NEW STANDARD久志:僕はスタートアップ業界にいるんですが「日本のスタートアップは遅れている」みたいなことがすごく議論されるわけです。その原因ってなんだろう?と考えたとき、日本はビジネスとアカデミアの融合が圧倒的に少なくて、お互いの活用方法がまだまだ分からない状況なのかなと。アメリカのスタートアップはそのあたりが進んでいますし、まさにGoogleなどその代表例ですよね。他にもアメリカではドクター(博士)を持っている経営者が多いんです。僕自身も経営者としてその部分が足りない自覚があったので新たなキャリアを踏み出したんですが、結果とても良かったと感じています。そのなかで「感性工学」は日本のなかで最も産と学が融合しうるプラットフォームだと思うんですね。

東京大学 柳澤氏:今日の議論はすごく良かったと思います。「インサイトってなんなんだろうな」と思っていたのですが、研究における「仮説をつくること」なのかなと整理できました。企業のみなさんはたくさんの「具体」をお持ちです。例えば、楽器と化粧品は一見関係がないように感じますが、抽象化することで共通性が見出せるわけですよね。今日はそういった議論の土台が作れたのではないかなと思います。

——「感性」をキーワードに、具体と抽象を産学で進めていくためのアウトラインが見えてきましたね。今日はナイトセッションにご参加いただき、みなさんありがとうございました。


※本記事は、第26回日本感性工学会大会 ナイトセッション「産学連携による感性研究の可能性」の内容を一部編集してまとめております。

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