デジタルデトックスやデジタル断ちが話題になる機会は多いですが、結局いつも通り今日もスマホを開き、SNSやゲーム、マンガアプリを徘徊。
「またやっちゃった……」
夜、ベッドの中でアプリを閉じたはずなのに、1秒後には指が勝手に同じアイコンをタップしていたり——。さっき見たばかりのタイムラインだし、新しい通知が来ていないことも分かっている。
味のしなくなったタイムラインを “噛み続ける” デジタルチューイング
スマホを閉じては、無意識にすぐ開いてしまう現代の無限ループ「デジタルチューイング」。情報を得ようとするでもなく、現代特有の口さびしさを埋める行為とも言えます。まるで味のなくなったガムを噛み続けるようにスマホを開いては閉じ、開いては閉じ……。たとえばこんな瞬間に。
・エレベーターの待ち時間
わずか10秒の空白。その短さではショート動画ですら見切れない可能性も高いのに、無意識にSNSを開いてスクロールしてしまう。
・寝る直前
もうそろそろ寝ないと明日の朝に響く……と知りながら、なんとなくスマホをチェック。1つのSNSを閉じても、なにか見逃した気がして違うSNSへと徘徊。
・テレビのCM中やロード時間
視聴中のコンテンツが止まった隙間を、別のコンテンツで埋める。脳を1秒もアイドリングさせない、現代的なマルチタスク状態。
なぜ、私たちは「デジタルチューイング」をやめられないのか
SNSのタイムラインは、まるでスロットマシンのように「いつ、どんな報酬が得られるかわからない」という変動比率強化と言われる仕組みで設計されているため、「もしかしたら面白い投稿があるかもしれない」という期待が脳内のドーパミンを分泌させ、指先へと駆り立てます。
少し古い2017年頃の研究ではあるものの、インターネットを頻繁に利用する人の中には、SNSを閉じた瞬間に心拍数や血圧が上昇し、微細なストレス反応を示すケースもあるそうです。つまり、再接続は楽しみのためだけでなく、「画面を閉じたときに襲ってくる不安」を鎮めるための鎮静剤のような役割があるようです。
味(意味)がなくなったあとも噛み続けるのは「意志の弱さ」ではなく、絶え間なく変化する現代社会において、自分の現在地をロストしない(見失わない)ための、極めて人間的な適応反応とも言えるでしょう。
「デジタルチューイング」はコンディションを測るバロメーター
デジタルチューイングを “現代の悪癖” と否定するのではなく、自分の心の状態を知るためのバロメーターとして捉えると良いのではないでしょうか。
大切なのは、噛み続ける自分を許しながらも、時には「味のある時間」へと意識的に戻る選択肢を持っておくことです。無意識なデジタルチューイングが増えているときは「不安定のサイン」として受け入れ、まずはそれ自体に自覚的になり、依存ではなく「共生」の距離感を探ることが大事です。「スクリーンタイム」のアプリで管理するのも良いでしょう。
緻密に設計されたSNSに「気合と根性」で立ち向かうのは、なかなか難しいはず。そんなときは「頑張らずに、でも主導権は渡さない」対策がオススメです。たとえば、つい開いてしまうアプリへの導線を面倒にしたり、色彩モードを変更したり、時間ごとでロックや制限をかけるのも良いかもしれません。
リサーチャーの視点:SNSはますます無心で眺めるものへ
Z世代と話していると、「SNSを見ているときが一番なにも考えていなくてラク」という声を耳にすることがあります。実際に電車のなかでSNSを眺めている人は「無」の表情で流れるようにスクロールをしているように感じます。
彼らにとって「デジタルチューイング」はマインドフルネスの逆、いわばマインドレスネス(無心)の心地良さなのかもしれません(通常、マインドレスネスは「注意散漫」や「心ここにあらず」のようにネガティブな意味で使われますが……)。
自分の行動を「デジタルチューイング」と認識して「あ、今ちょっと口寂しいんだな」と思えることで、自覚・共生するための一歩になるかもしれません。
無理にスマホを遠ざけるのではなく、まずは「今、私は味のないガムを噛んでいる」と自覚してみる。その客観的視点が、新しい「本物の味(体験)」に気づくためのきっかけにもなるはずです。


