今、注目される意味的価値とは——「良い商品なのに、選ばれない」の正体と、価値が生まれる2つの式

2026/09/01
ニュースタ!編集部

「機能では、もう差別化できない」

商品開発やマーケティングの現場で、この言葉を聞かない日はありません。性能を上げても、価格を下げても、独自の機能を足しても、気がつけば競合他社も同じ場所に立っている。何より苦しいのは、「良い商品を作ったはずなのに、選ばれない」という経験ではないでしょうか。

私たちは、この問題の根っこには、ひとつの思い込みがあると考えています。それは、価値とは「モノに宿る属性」であるという前提です。

いま、この前提をひっくり返す概念として注目されているのが「意味的価値」です。本記事では、東京大学大学院・柳澤秀吉教授が国際学術誌に発表した価値理論「TVM(Triadic Value Model)」を背景に、意味的価値とは何か、そしてそれはどうすればデザインできるのかを、マーケティングや商品開発に関わる方に向けて解説します。

既存の価値モデルと「便益と独自性」

価値をどう捉えるかについては、これまでも多くのモデルが提案されてきました。

実務で最もよく使われる「機能的価値/情緒的価値」の二分法。
製造業で長く使われてきた「価値=機能÷コスト」と定義するバリューエンジニアリング。

学術の世界でも、消費者行動論やデザイン研究が、価値を機能・社会・感情など複数の次元に分解してきました。

これらのモデルは、価値の種類を整理する上では優れています。しかし、共通する限界があります。柳澤教授の論文は、それをこう表現しています——既存研究が提供してきたのは、価値の「パーツリスト(部品表)」であって、「組み立て説明書」ではない。価値にどんな種類があるかは分かっても、それらがどう組み合わさって、一人の生活者の中に「価値の実感」が生まれるのか——その生成プロセスを説明できないのです。

この「分類止まり」の限界を、実務の側から大きく前進させたのが、元P&G・スマートニュースの西口一希氏が著書『たった一人の分析から事業は成長する 実践 顧客起点マーケティング』(翔泳社)で提唱した「便益と独自性」のフレームです。

・便益=顧客が「その商品を選ぶ理由」
独自性=「他の商品を選ばない(それでなければならない)理由」

この整理の功績は決定的でした。作り手側の「機能・特徴」の言葉で語られがちだった価値を、顧客の選択理由という視点に引き上げたからです。日本のマーケターの共通言語になったのも当然だと思います。

ただし、このフレームにも、まだ扱えていない変数があります。便益も独自性も、顧客起点であることは間違いない。では、同じ商品を見ているのに、なぜある人には深く刺さり、ある人にはまったく響かないのか?

もうひとつ、示唆的な事例から考えてみましょう。それは、形見の品や、贈り物です。亡くなった家族から受け継いだペンダント。恋人からもらった、実用性は普通のマグカップ。市場で比較できる機能や便益だけを見れば、これらの価値は説明しにくいかもしれません。しかし、贈ってくれた人との関係性、受け取った日の記憶——そうした文脈と結びついた瞬間、それは本人にとって代替不能な、ある意味で究極に「独自」な存在になります。

つまり、市場で測れる便益・独自性の強さと、生活者の中で生まれる「自分にとっての価値」は、同じ軸の強弱ではなく、別のレイヤーにあるのです。この「別のレイヤー」で生まれる価値が、意味的価値です。そしてこのレイヤーは、感傷的な話にとどまりません。私たちの研究でも、生活者が「自分にとっての意味」を感じたとき、購入意向との間に正の相関が見えつつあります(詳細は今後の発表を予定しています)。意味は、買う理由になるのです。

では、その意味的価値とは、どこで、どのように生まれているのでしょうか。

理論的背景:TVM——価値は「推論」で生まれる

その答えを理論として示したのが、柳澤教授が国際学術誌 International Journal of Affective Engineering に発表したTVM(Triadic Value Model/三元価値モデル)です。主張はシンプルです。

価値とは、モノに宿る固定的な属性ではなく、受け手の頭の中で行われる「推論」の出力である。

TVMは、価値を3つの要素の三角形として描きます。

道具的価値は、商品の側にある「手段」としての価値です。誰が見てもほぼ同じように観察できる、商品側の「事実」であり、大きく3つの層で構成されます。

・機能——性能、スペック、使い勝手
・経済——価格、コストパフォーマンス
・構造・制度——規格、流通、保証、サービス体制といった仕組み

私たちが普段「商品力」と呼んでいるものの大半は、この道具的価値に含まれます。

内在的価値は、受け手の側にある「目的・意義」としての価値です。その人が人生の中で育んできた価値観や潜在的な欲求、いわば受け手の中にある「事前の信念」であり、ここにも層があります。

・存在——自分はどう生きたいか、どうありたいか
・社会——誰とつながりたいか、何に貢献したいか
・倫理——何を正しい・美しいと感じるか

スペック表には決して載らないけれど、その人が商品と出会う前から持っている、判断の土台です。

そして意味的価値は、事実(道具的価値)が信念(内在的価値)と出会ったとき、頭の中の推論によって生成される「これは自分にとって、こういう意味がある」という新しい理解です。それは、象徴(自分らしさの表現)、物語(自分の人生や記憶とのつながり)、感性(心地よさや愛着)といったかたちで立ち上がります。

重要なのは、意味的価値があらかじめどこかに存在しているわけではないことです。商品の中に埋め込まれているのでも、顧客の中に眠っているのでもない。事実と信念が特定の文脈の中で出会い、推論が走った瞬間に、その出力として初めて生成される。TVMはこのプロセスを、認知科学や計算論的神経科学で注目される「ベイズ推論」(新しい情報に触れて、信念を更新していく計算プロセス)の枠組みで数理的に記述しています。

この理論の力は、「刺さり方の違い」を説明できることです。論文はトヨタ・プリウスを例に、同じ燃費データ(事実)でも、受け手の信念次第でまったく違う意味が生まれることを数理的に示しています。環境技術に関心が薄かった人には「車ってこんなに進化したのか」という学びが、エコに懐疑的な人には「どうせ補助金目当てだろう」という反発が、なんとなくエコ志向の人には「こういうのが欲しかった」という確信が、強い環境意識を持つ人には「自分の価値観は正しかった」という深い共鳴が生まれる。同じ商品、同じスペック、同じ広告——それでも生まれる意味は人の数だけある(なお、この4つは連続的な反応の代表例であり、排他的なタイプ分類ではありません)。マス向けの「平均的に良い訴求」が誰にも刺さらない理由が、ここにあります。

そしてTVMには、もうひとつ重要な含意があります。意味は受け手の頭の中で生成されるものだから、作り手が意味を直接埋め込むことはできない。デザインできるのは、意味が立ち上がるための条件だけなのです。

MDT:意味的価値をデザインする

では、その「条件」をどう設計すればいいのか。

TVMが「価値はこう生まれる」という理論だとすれば、それを商品開発やブランドづくりの現場で扱える道具に落とし込んだのが、私たちNEW STANDARDが東京大学大学院工学系研究科 柳澤研究室との共同研究をもとに体系化したMDT(Meaning Design Triangle)です。

MDTは、TVMが記述する一連の推論プロセスを、現場で設計しやすいように2つのステップに分解したフレームワークだと考えてください。

MDTは、3つの頂点を設計することで、中心に意味的価値を立ち上げるフレームワークです。

・DESIGN OBJECT(事物):デザインの対象となる商品・サービス・体験。ブランドづくりの文脈では、この事物は多くの場合ブランドそのものになるため、図ではBRANDと表記しています
・CONTEXT(文脈):その事物が解釈される前提となる背景
・INSIGHT(インサイト):生活者の潜在的な欲求・動機

そして、この三角形は2つの式で動きます。

第1式:事物 × 文脈 = 意味

意味は、事物そのものだけでは決まりません。事物と、それが解釈される文脈との関係から立ち上がります。

たとえば、キャンパスにある一台のベンチを思い浮かべてください。ある人にとっては「休息」の場所、ある人には「待ち合わせ」の目印、ある人には「孤独」を過ごす場所、ある人には学生時代の「ノスタルジア」の象徴。事物は同じでも、それぞれの文脈が違う意味を生成しています。

ここでいう文脈とは、広告の見せ方や売り場のことだけではありません。大きく4つのレイヤーがあります。

1.個人的文脈——経験、記憶、感情、目的
2.社会・文化的文脈——文化、常識、ルール、規範
3.思想・価値観的文脈——価値観、倫理、信念
4.時代・状況的文脈——トレンド、時間、場所、時代の気分

同じスペックのモバイルバッテリーでも、大きな災害の後に見れば「家族を守る備え」、旅行の前日に見れば「身軽な旅の相棒」。事物が置かれる文脈を変えれば、生成される意味は変わる——これが第1式です。

ここで、実務上とても重要な区別があります。意味が生まれることと、それが価値になることは、別なのです。

意味は、事物に「解釈」を与える。
意味的価値は、人に「選ぶ・使う・行動する理由」を与える。

面白がってもらえたのに、買われない——マーケターなら誰もが経験するこの現象は、「意味はあるが、意味的価値がない」状態です。ユニークな解釈は生まれた。しかしそれが、その人が本当に大切にしているものと結びついていない。では、意味はいつ価値に変わるのか。

第2式:意味 × インサイト = 意味的価値

意味が、その人のインサイト——潜在的な欲求と、人を新たに動かす動機——と結びついたとき、意味は初めて「自分ごとの価値」になります。

インサイトは、本人が自覚して言葉にできる「ニーズ」とは違います。氷山にたとえるなら、水面の上に見えているのがニーズ、水面下に沈んでいる大きな塊がインサイトです。TVMの言葉で言えば、インサイトは内在的価値(事前の信念)の中でも、本人すら気づいていない層にあたります。

先ほどのベンチで考えてみます。「聖域」——日常の評価やプレッシャーから一時的に守られる場所——という文脈で解釈されたベンチは、「ただ座る場所」ではなく「避難所」という意味を持ちます(第1式)。この意味が、「休みたいけれど、罪悪感なく立ち止まることができない」というインサイトを持つ学生と出会ったとき、そのベンチは「罪悪感なく自分をリセットすることを可能にしてくれる場所」という意味的価値になる(第2式)。もう「座る場所」の競合ではありません。その人の生活の中で、代替の効かない存在になるのです。

ヘアケア製品が「瞑想的なセルフコンディショニングの儀式」になるまで

この式は、思考実験にとどまりません。

私たちがマンダムとともに開発したヘアケアブランド「Levätä(レバタ)」は、まさにこの2つの式で生まれました。

ヘアケア製品という事物は、通常「頭皮や髪を清潔に保つ」という文脈で解釈され、「機能的なケア用品」という意味を持ちます。そこにLevätäは、「マインドフルネス」という新しい文脈を掛け合わせました。すると同じ事物が、「心のノイズを洗い流し、自分の内側をリセットする儀式」という新しい意味を生成します(第1式)。

この意味が結びついた先が、「頭が常に忙しく、本当の意味で休めていない。バスタイムを、ただ洗う時間ではなく深い回復の時間にしたい」というインサイトです。その瞬間、Levätäは単なるシャンプーではなく、「明日のために、自分をニュートラルな状態に戻すことを可能にしてくれる、瞑想的なセルフコンディショニング」という意味的価値になりました(第2式)。

「没頭したくなる、解放感。」というコミュニケーションから銭湯とのコラボレーションまで、一貫したブランド世界を築き、ターゲットからの熱い支持を獲得しています。

おわりに

価値はモノに宿るのではなく、生活者一人ひとりの頭の中で、その人の人生と文脈を巻き込みながら生成される。意味的価値という概念がもたらすこの転換は、「良い商品なのに選ばれない」という現場の痛みに対する、最も根本的な説明だと私は考えています。

NEW STANDARDは、東京大学と三菱電機が設立した社会連携講座「意味的価値や社会的価値を生み出すデザインエンジニアリング(SVDE)講座」に2026年4月から参画し、共同研究を進めています。この意味生成の理論を、企業の商品開発やブランドづくりの現場で使える方法論へと翻訳し、意味的価値を社会に実装すること。それが私たちのミッションです。

機能を磨くことと、意味を設計すること。この両輪が揃ったとき、商品は「選ばれる理由」を超えて、「その人の人生にとっての意味」になる。私たちはそう信じています。

参考文献

・Yanagisawa, H. (2026). Reframing Value as Inference: The Triadic Value Model for Meaning-centered Design. International Journal of Affective Engineering. https://doi.org/10.5057/ijae.IJAE-D-25-00055

・Kushi, S., Nakaji, K., & Yanagisawa, H. (2024). Meaning Generation Theory: A Bayesian Approach To Sign × Context = Meaning. In DS 136: Proceedings of the Asia Design and Innovation Conference (ADIC) 2024 (pp. 019-027).

・Kushi, S., & Yanagisawa, H. (2024). Innovation of meaning: design-driven study based on the interpretive theory of new meaning. Proceedings of the Design Society, 4, 35–44.

・西口一希 (2019). 『たった一人の分析から事業は成長する 実践 顧客起点マーケティング』翔泳社.

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