インタビューをしても、なぜ深いインサイトに届かないのか。
マーケティングや商品開発に携わる方なら、誰もが一度は突き当たる問いだと思います。この問いに対するNEW STANDARDなりの答え——設問設計のための「メタパースペクティブ構造(MPS)」と、分析のための「インサイト発見マップ(IDM)」——をまとめた東京大学大学院・柳澤秀吉研究室との共同研究論文が、日本感性工学会の国際学術誌「International Journal of Affective Engineering」に採択され、2026年4月に公開されました。専門家による評価では、この2つのフレームワークは従来手法に対して有望な優位性を示しています。
本記事では、この2つのフレームワークを、明日の調査からそのまま使える形で解説します。

1. インタビューをしても「それっぽい答え」しか返ってこない理由
当社の調査では、マーケティングやブランドビジネス、新規事業開発を担う担当者の83.3%が「顧客起点はとても重要だが、N1理解は難しい」と感じていました。N1理解とは、平均化されたターゲット像ではなく、実在するひとりの生活者を深く理解すること。デプスインタビューはそのための代表的な手段ですが、現場でよく聞くのはこんな声です。
・インタビューがいつのまにか誘導尋問になってしまう
・ユーザーの声を聞いて満足感はあるが、実は新しい発見がない
・ペルソナが「理想を積み上げた架空の人物」になり、リアリティがない
こうした行き詰まりの一因は、個人のスキル不足ではなく、広く普及しているインタビュー手法の構造そのものにあります。
インサイト探索の手法として最も有名なのは「ラダリング法」です。「なぜ?」という問いかけを繰り返すことで、製品の「属性」から「便益」、そして「価値」へと、はしご(ラダー)を登るように動機を掘り下げていく手法です。シンプルで強力ですが、研究レビューを通じて、2つの構造的な限界が明らかになっています。
限界①:「なぜ?」の反復が、後付けの合理化を誘発する
こんなやりとりに覚えはないでしょうか。
——なぜコンビニのコーヒーを買うんですか? 「安くてすぐ買えるからです」 ——なぜ「すぐ買える」ことが重要なんですか? 「えっと……仕事のリズムを崩したくない、からですかね」 ——なぜリズムを崩したくないんでしょう? 「……自分をコントロールしたいから、だと思います」
3回目の「なぜ」あたりから、回答者は自分の本当の動機ではなく、その場で組み立てたもっともらしい理屈を答え始めます。人は「なぜ」と問われ続けると、理由を思い出すのではなく、理由を作り出してしまうのです。
限界②:商品起点だから、発想が商品の延長に縛られる
質問の出発点が製品である以上、返ってくる答えも製品の周辺に収束します。既存商品の改善には使えても、「そもそもこの人は何を求めて生きているのか」という、新しい価値の源泉には届きにくいのです。
誤解のないように付け加えると、ラダリング法が無効になったわけではありません。属性と便益の関係を素早く整理し、わかりやすく伝える場面では今も有効です。問題は、まだ何を探すべきかもわからない「探索」の局面で、商品起点の問いから始めてしまうことにあります。
2. 解決の鍵は「人から問う」——メタパースペクティブ構造(MPS)

私たちが提案する「メタパースペクティブ構造(Meta-Perspective Structure:MPS)」は、質問の出発点を商品からその人の生活全体へと転換するフレームワークです。人間を5つの階層で多層的に捉えます。ある25歳のWebデザイナー・リコさん(仮想の例)で見てみましょう。
・行動(消費行動やライフスタイル):野菜中心の自炊を工夫。一方で、夜には毎日アイスやお菓子を食べる
・日々の習慣(生活習慣やデジタル利用習慣):SNSで健康・セルフケア情報を日常的に収集している
・普段の思考(価値観や思考のクセ):健康的な暮らしは自己肯定感につながるから、できるだけ実践したい
・社会的文脈(文化的背景や時代の潮流):ウェルビーイング志向が当たり前の世代。「ちゃんとしていること」が求められやすい
・環境(過去から現在に至る生活環境):栄養士の母のもとで育ち、上京して自炊を始めた
理論的な基盤は、心理学のパーソナル・コンストラクト理論(Kelly, 1955)に基づいており、実はラダリング法と同じルーツです。つまりMPSはラダリングを否定する手法ではなく、同じ理論の系譜の上で、その限界を乗り越えるために設計された手法です。
質問の「順番」が変わる
MPSを使うと、インタビューは「この商品をなぜ買うのか」からではなく、その人の生活の全体像から入り、徐々に具体へ降りていく組み立てになります。60分ならおよそ、アイスブレイク(生い立ち・生活環境)→日常の行動→日常の思考→課題→解決仮説、という流れです。
各パートでは、行動の事実を「いつ・どこで・誰と・何を」(5W1H)で水平に押さえ、その背景をMPSの階層に沿って垂直に掘ります。コツは、急に「なぜ?」と聞かないこと。「なぜ」は相手に理屈を要求する問いですが、「いつ」「どこで」は記憶を要求する問いなので、答えに脚色が入りにくいのです。
設問・仮説・整理、すべてに同じ型が使える
MPSのもうひとつの強みは、インタビューの前・中・後で同じ型を使い続けられることです。
1.設問設計:5階層に沿ってインタビューガイドを組み立てる
2.仮説ペルソナの設計:インタビューの前に、対象者像を5層で構造的に仮説立てする
3.インタビュー後の統合:得られた発言や観察を同じ5層に整理し、ひとりの人物像として統合する
問いを立てるときも、仮説を持つときも、結果を整理するときも同じ構造で積み上がるため、「聞けたはいいが、どう整理すればいいかわからない」という “定性調査あるある” が起きにくくなります。
そして、リコさんの例をもう一度見てください。健康志向の思考・習慣と、「毎日欠かさないアイス」という行動。5層に並べた途端、階層のあいだの矛盾が見えてきます。この5層に統合されたペルソナこそが、次に紹介する「インサイト発見マップ(IDM)」の入力になります。
3. ズレを宝に変える——インサイト発見マップ(IDM)

MPSで見つけた矛盾やギャップを、意思決定に使えるインサイトへと構造化するのが「インサイト発見マップ(Insight Discovery Map:IDM)」です。「顕在—潜在」(本人が自覚しているか)を軸に情報を整理し、矛盾を起点に推論を積み上げます。書き方は4ステップです。
ステップ1.自覚している欲求を書き出す:本人が語った課題やニーズ。「事実」をそのまま書きます。 (リコさん:「ついつい食べてしまうのがストレス。太らないお菓子がほしい」)
ステップ2.当たり前の行動・習慣・思考を書き出す:本人にとって当然すぎて、あえて語られない日常。これも「事実」です。 (野菜中心の自炊を工夫し、外食でもファーストフードは避けている)
ステップ3.無自覚な行動・矛盾に着目する:①と②のあいだに隠れている矛盾やコンプレックス。ここから先は事実ではなく、分析者の解釈です。 (ストイックな健康志向と、毎晩のお菓子という「自分への甘さ」が同居している)
ステップ4.インサイトを導く:③から「人を動かす動機」と「潜在的な欲求」を推論します。構文はシンプルに、「〜だから(動機)、××したい(欲求)」「〜だけど(動機)、××したい(欲求)」。 (→ 「ストイックな暮らしの中にも、癒やしは不可欠」)
「太らないお菓子がほしい」という顕在ニーズに応えるだけなら、低カロリー商品の開発競争に巻き込まれるだけです。しかし「ストイックな暮らしにおける癒やし」というインサイトからは、罪悪感の設計、ご褒美の意味づけ、健康習慣の一部としてのお菓子——まったく異なる価値提案の可能性が開けます。
型の再現性を確かめるために、カテゴリの違う例をもう1本。自炊を心がける33歳の女性は、健康的な食生活を実践している(②)一方で、繁忙期は深夜までの残業でデリバリーに頼ってしまう(③無自覚な矛盾:休日を楽しむために風邪を引きたくないのに、忙しい時ほど「今は仕方ない」と体調を崩す準備をしてしまっている)。ここから導かれるインサイトは——「忙しいと体調まで気が回らなくなるから、意識せずとも体調の下支えが続いているという安心感がほしい」。「健康食品がほしい」という表層ニーズとはまったく違う、商品開発の起点が見えてきます。
実務でつまずきやすいポイント
いずれも、後述する専門家評価で実際に指摘された点です。
・矛盾が弱いのに、無理にこじつけない
└本人の中に明確な葛藤がない場合、弱い矛盾に過剰な意味を読み込むと、インサイトではなく分析者の願望になります。
・汎用ワードに着地したら要注意
└「自己肯定感を高めたい」のような誰にでも当てはまる言葉に落ちたときは、掘り下げ不足のサイン。その人固有の文脈の言葉で言えているかを確認しましょう。
4. この手法、本当に効くのか?——専門家評価で確認された優位性
とはいえ、「わが社の手法は優れています」という主張だけなら誰にでもできます。今回の論文の核心は、この手法を利害関係のない外部の専門家による評価にかけたことにあります。
調査会社に所属する経験豊富な定性調査の専門家7名(大半が実務経験15年以上)が、同一条件で作成されたMPS/IDMとラダリング法のアウトプットを、5つの基準で比較評価しました(東京大学の倫理審査承認済み)。結果の要点は次の表の通りです。

IDMは「新規性・有用性・深さ」の3項目で統計的に有意にラダリングを上回り、比較ペアの約6〜7割でIDMが優勢でした。MPSは「新規性・説得力」で有意に上回っています。一方で「明瞭性」は両手法で同等——ラダリングの「わかりやすい」という強みは健在です。
専門家からはこんなコメントが寄せられました。
「その人の生活の生態系に沿って問いが進むので、深い動機に到達しやすい」
一方、ラダリングについては、
「属性→便益→価値へのジャンプが速すぎて、結果が予測可能になる」
という評価がありました。なお、今回の検証は少人数の専門家パネルによる探索的な評価であり、研究チームは今後さらに大規模な検証を進めていく計画です。実験デザインの詳細や統計データに関心のある方は、論文本体(無料公開)をご参照ください。
5. 今から変えるひとつのこと
最後に、実務での使い分けをまとめます。
探索フェーズには、MPS/IDM。 新カテゴリーの検討、新価値の発見、そもそも何が課題かを定めるフェーズでは、人起点で全体から掘り、矛盾を手がかりにするMPS/IDMが力を発揮します。既存商品の延長線上から抜け出したいときほど、商品から問わないことが効きます。
整理・伝達フェーズには、ラダリング。 属性と便益の関係を素早くマッピングしたいとき、時間や工数に制約があるときは、ラダリングのシンプルさが有効です。
そしてもうひとつ、手法と同じくらい重要なのが「誰に聞くか」です。良質なインサイトは、対象に対して極端な行動や明確なこだわりを持つ「エクストリームユーザー」から見つかりやすいことがわかっています。彼らは自分の行動の理由に自覚的で、インサイトがすでに言語化されやすい状態にあるからです(選定方法は、また別の機会に詳しくご紹介します)。
もし今日ひとつだけ持ち帰るなら、これを試してみてください。
次のインタビューガイドの最初の5問を、商品の話ではなく、相手の生活の話に差し替える。 そしてインタビューが終わったら、聞けたことを「行動・習慣・思考・文脈・環境」の5つの階層に並べてみる。階層のあいだに矛盾がひとつでも見つかれば——それが、インサイトの入口です。
おわりに
インサイト探索は、これまで一部の優れたインタビュアーの「職人技」に支えられてきました。今回の研究で私たちが取り組んだのは、その技を誰もが使える「型」として言語化し、利害関係のない専門家による評価という形で検証することでした。
そして私は、人間中心の深い理解こそが、モノやサービスに新たな解釈と価値を与える「意味中心設計」の起点になると考えています。
インサイトの探索は、「なぜ」を繰り返す尋問ではなく、ひとりの人間の生活の全体を眺め、そこにある矛盾に耳を澄ます営みです。本記事で紹介した2つの型が、みなさんの次のインタビューを一段深くする道具になれば嬉しいです。
論文情報
・タイトル:Human-centered Insight Discovery Method: Meta-Perspective Structure and Insight Discovery Map Show Promising Advantages Over Laddering in Expert Evaluation
・著者:久志尚太郎(NEW STANDARD株式会社 代表取締役 / 東京大学大学院非常勤講師)、佐々奏(NEW STANDARD株式会社インターン / 東京大学大学院修士課程)、柳澤秀吉(東京大学大学院教授)
・掲載誌:International Journal of Affective Engineering(日本感性工学会)
・DOI:https://doi.org/10.5057/ijae.IJAE-D-25-00050 (オープンアクセス・無料で全文閲覧可能)
・※本検証では、手法の構造そのものを比較するため、各手法を同一条件のプロンプトとして大規模言語モデル(LLM)に与えて生成したアウトプットを評価対象としています。人間のインタビュアーによる実査の比較は今後の課題として論文に明記されています。詳細は論文をご参照ください。
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・プレスリリース|「人間中心のインサイト探索手法」に関する共著論文を発表
・日経クロストレンド連載「1週間で分かるマーケ講座|新価値創造メソッド(全5回)」(有料会員限定)
└第3回「インサイト」の正体とは何か/第4回 N=1を誰でも深掘りできる デプスインタビュー完全ガイド
<インサイト探索のご相談>
NEW STANDARDでは、エクストリームユーザー判定からインサイト発見・分析までをワンストップで提供する「インサイト・コンパス」をはじめ、インサイト起点のブランド開発・商品開発をご支援しています。本手法は100件を超えるデプスインタビュープロジェクトを通じて磨き上げてきたものです。


