モノやコトの価値を「意味」で変える——。SVDE講座長 柳澤秀吉教授(東京大学工学系研究科)が語る「意味中心設計」とは

私たちは、なぜあるプロダクトやサービスを「心地よい」と感じたり、そこに「特別な価値」を見出したりするのでしょうか。その評価は、機能や価格といった目に見える指標だけでは説明しきれません。
東京大学の柳澤秀吉教授は、人間の知覚・感情・経験といった「感じること(感性)」を工学の対象として扱い、数理モデルを用いて再現性のあるプロセスへと落とし込む「感性設計学」を提唱しています。そして2025年9月からは、三菱電機やNEW STANDARDとパートナーシップを組みながら「意味的価値や社会的価値を生み出すデザインエンジニアリング講座/Design Engineering for Semantic Value:以下、SVDE講座」を立ち上げ、属人的になりがちだった「意味のイノベーション」を工学的に解明・実践する取り組みを進めてきました。
本記事では、2026年5月に開催された意味中心設計フォーラムでの柳澤秀吉教授による基調講演「意味中心設計〜感性設計学から見える景色」を手がかりに、そのエッセンスと、これからのモノ・コトづくりが目指すべき未来についてダイジェストでご紹介します。
参照 講演スライド>
意味中心設計-感性設計学から見える景色 Meaning Centered Design: Views from the Perspective of Kansei Design
従来の機械工学や設計アプローチでは、物理的な性能や強度、効率といった「機能的価値」の追求が中心でした。しかし、実際の利用場面で生活者が受け取る価値を左右するのは、それらの機能的価値に加えて「どう感じられるか」という「意味的価値」です。
感性設計学は、物理世界の設計変数(形、音、光、動き)と、人間の感性評価との間にある関係を数理モデル化し、設計のための理論と方法論として体系化しようとする試みです。
・「快音設計」の事例:騒音から価値を高める音へ
通常、掃除機などの製品音は価値を下げる「騒音」として捉えられますが、車のエンジン音やカメラのシャッター音のように、ブランドイメージや感性価値をもたらす「快音」へと意味を転回させることができます。
・「物差し」の定量化
柳澤教授らは、人が音を聴いたときに心地よいと感じる特徴を定量的に測る「物差し(指標)」を開発。これにより、従来は設計者の勘や経験に頼っていた作り込みから脱却し、感情の変化まで見据えた定量的な感性設計プロセスを実現しています。
なぜ人間は、物理的な刺激に対して多様な解釈を行うのか。その背後にある脳の根本的な原理として、柳澤教授は「予測する脳」と「自由エネルギー原理」を挙げます。
人間は、外界からの刺激をそのまま写し取っているのではなく、脳内に構築されたモデルに基づいて「こう感じるはずだ」と常に先を予測しています。その予測と実際の感覚データとの差が「予測誤差(自由エネルギー)」です。生物は、この予測誤差を最小化するように認識や行動をアップデートしており、このプロセスは数学的に「ベイズ推論」に従うことがわかっています。
観測(体験)によって事前の信念が事後の信念へと大きく動くこと——この「信念の更新」が、まさに「新たな意味を獲得した」瞬間であり、不確実性が解消された人間は「快(ポジティブな感情)」を覚えるのです。
このベイズ推論による意味の更新を、価値創造のフレームワークへと応用したのが、柳澤教授が提案する「価値生成モデルTVM(Triadic Value Model)」です。TVMでは、価値の生成プロセスを以下の3つの価値の循環としてモデル化しています。
1:内在的価値(事前信念):目的や意義そのものの価値(企業のパーパス、製品の存在意義など)
2:道具的価値(観測の尤度):目的に対する手段・機能の価値(機能、経済性、構造など)
3:意味的価値(事後信念):手段がどのような解釈を経て目的に至るかという価値(象徴、物語、感性など)
これら3つの価値は、以下のようなスパイラル状の循環を繰り返します。
① 意味の生成:道具的価値(手段・機能)を観測することで、新たな意味的価値(解釈)が生まれます。
② 意義の更新:生まれた意味的価値(解釈)によって、元の内在的価値(目的・意義)がアップデートされます。
③ 具現化:新しくなった内在的価値(目的・意義)をもとに、それを満たすための新たな道具的価値(手段・機能)を設計します。

参考文献>
Yanagisawa, H. (2026). Reframing Value as Inference: The Triadic Value Model for Meaning-centered Design. International Journal of Affective Engineering. https://doi.org/10.5057/ijae.IJAE-D-25-00055
例えば任天堂Wiiは、あえてCG性能などの「道具的価値」を抑えつつも、身体インターフェースによって「テレビゲーム=孤独な一人遊び」という従来の解釈を「リビングの中心にある家族の集いの場」「健康のための軽い運動器具」という新たな「意味的価値」へと転回させました。その結果、ゲームの存在意義という「内在的価値」そのものをシフトさせることに成功したのです。
物理的な資源や市場のパイが限られている現代において、このTVMサイクルを回して「意味世界」を拡張していくことは、物理世界の価値を持続的に高めていくための重要な戦略となります。
では、「意味中心設計」が目指すべき理想のプロダクトや社会とはどのような姿でしょうか。
柳澤教授らの研究グループは、心理学の「覚醒ポテンシャル(適度な新しさが快を最大化する)」を、自由エネルギー原理によって定式化しました。その結果「予測誤差(驚き・エントロピー)が中庸のときに、信念の更新量(意味の獲得量・快感情)が最大になる」という、山型の「逆U字」の関係があることを数理的に明らかにしました。
柳澤教授は、現代社会の本質的な問題は、環境が「両極化」に陥っていることだと指摘します。
・過適応(フィルターバブル・予定調和)
ユーザーの好みに適応させすぎたり、利便性を過度に追求したりすることで、「予定調和だが退屈な社会(固執や孤立)」が生まれてしまいます。
・適応不全(VUCA) 予測不可能で複雑すぎる環境では、「混乱や恐怖(拒絶や分断)」が生じてしまいます。
「意味中心設計」が目指すのは、この両極から脱却し、人々に心地よい驚きをもたらす「動的な中庸(生き生きとした状態)」を実現することです。これこそが、個人のウェルビーイング(Well-being)へとつながっていくのだと語りました。
この動的な「中庸」をビジネスや社会実装において実現するために、2つの強力なアプローチが提示されました。
・好奇心の往来による「探究」
新しい驚きを求める「拡散的好奇心」と、一つの対象の理解を深めて納得する「特定的好奇心」。この2つの好奇心を動的に往来させるサイクルによって、最大の意味獲得がもたらされます。
・多声的な対話による「共創」
価値観や思想の異なる「異質な他者」は、自分にとって予測誤差(新しい視点や驚き)を与えてくれる存在です。他者への共感にとどまらず、互いに予測誤差を交換し合って相互に変容していく「対話」を行うことで、これまでにない新たな社会的価値のイノベーションが生まれます。
効率や機能のコモディティ化が進む時代だからこそ、「勘に頼るイノベーション」から「数理の裏付けを持った意味のデザイン」の重要性が高まっていくことが考えられます。
NEW STANDARDは、東京大学、三菱電機とのSVDE社会連携講座を通じて、さらに「意味中心設計」を活用し、企業と生活者の間に「価値の循環」を生み出す研究と実践をこれからも続けてまいります。
参照 講演スライド>
意味中心設計-感性設計学から見える景色 Meaning Centered Design: Views from the Perspective of Kansei Design
SVDE社会連携講座に関する詳しい情報は下記よりご覧ください。
https://melut-fdc.t.u-tokyo.ac.jp/research/svde/
Photo Credit:©︎SVDE社会連携講座
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