
こちらは毎月、NEW STANDARDからその月のテーマに沿った広告・コミュニケーション事例を、弊社クリエイティブチームに所属するプランナーがそれぞれ2本ずつピックアップしてご紹介する企画です。業界の様々な事例から、課題を解決するアイデアや表現のヒントを届けることを目指しています。
10月のテーマは「スポーツ」。
スポーツにまつわる様々な事例を、既存の価値に新しい意味を与える「意味的価値」という切り口からご紹介します。同じ「スポーツ」というモチーフでも、切り口次第でこれほど多様な打ち出し方ができるのか、という発見をお楽しみいただければと思います。
多木裕晶 / クリエイティブディレクター
BBDO JAPAN等を経て、2026年にNEW STANDARDに参画。定量調査やFGIを活用した戦略立案から、ビッグアイデア開発、キャンペーンデザインまでをトータルに手がける。主な受賞歴として、Spikes、ACC、effie、WARC等。
伏見和真 / クリエイティブディレクター
外資系広告代理店数社にてCDやADに従事。2026年6月、NSに参画。飲料/食品/車/エンタメなど多業種のブランディングやコミュニケーション開発を担当。マス広告からデジタル/アクティベーション/PR、PKGまで統合的なCR開発を得意とする。
木下顕志 / クリエイティブディレクター
プランナー/コピーライターを経て、広告代理店とコンサルティングファームの両方でクリエイティブディレクターを歴任し、スタートアップの起業経験も持つ。魅力的で新奇性の高いコンセプトやコンテンツの企画を得意とし、経営課題の解決に向けたクリエイティブな施策の開発に一貫して従事。アワード受賞歴多数。
事例概要:
オリンピックの公式保険パートナーである保険会社Allianzが、未来のスポーツ界を担う少年少女を応援するために公開した動画「Future Sports Heroes」。陸上のレジェンド、ウサイン・ボルトが次々と子どもたちに勝負を挑まれ、ことごとく敗れていく構成になっている。「2028年にメダルを獲る」と豪語する少女に卓球で敗れ、車いすの少年にバスケットボールで敗れ、飛び込み台では「ダイヤモンドメダルを獲る」と語る少女に「今はまだないけど、いつかできるよ」と返される。最後は得意の陸上で全力疾走を見せるが、実は1500m走だったと告げられて立ち尽くす。
(保険の)意味的価値:
不安のセーフティーネットではなく、未来の可能性を支えるインフラに。
プランナーコメント:
意味的価値自体は革命的に新しいものではないが、その描き方が非常に秀逸。レジェンドであるウサイン・ボルトでさえ、子供たちが秘める輝かしい未来や可能性には敵わないということを、実に軽快に表現している。彼のような歴史的アスリートをこのような役回りで起用するのは、非常に挑戦的で面白いアプローチだ。ダイヤモンドメダルの描写など、彼を(既成概念に縛られた)前時代の象徴として描きつつも、全体のトーンが軽やかなため嫌な印象を与えない。個人的には、ラストでボルトの本業である短距離走が始まったと思わせておいて、「実は1500m走だった」と明かされる展開がとても好きだ。
参照:https://www.adsoftheworld.com/campaigns/future-sports-heroes
事例概要:
ブラジルでは勤務中でもひいきチームの試合が気になり、隠れて観戦するファンが少なくない。同国の法律は信仰の自由を保障しており、宗教上必要な活動であれば勤務中に席を外す権利が認められている。新興ビールメーカーFocaはこの制度に着目し、弁護士を雇って『サッカーを宗教として法的に認可させる』手続きを実行した。宗教法人の設立に必要だったのは550ドル。サッカーが新宗教として法的に制定されたことで、試合観戦を『宗教活動』として堂々と行える理屈を作り出し、ワールドカップ直前のブラジルで話題を集めた。
(サッカーの)意味的価値:
スポーツから、宗教へ。
プランナーコメント:
この意味的価値も、多くの人にとって自明のことかもしれない。しかしこのアイデアの面白さは、それを構想にとどめず実際に形にしてしまった点にある。ゴミの島を国家として申請した「Trash Isles」や、北極圏の町による夏季オリンピック招致「Salla 2032」に通ずる思想を感じさせる。今回のケースはそれほどの規模感ではないにせよ、比喩ではなく文字通り「宗教となった」事実が、圧倒的なPR効果を生み出している。人々の熱狂を捉えて活用できれば、広告やマーケティングは時に絶大な力を発揮するといういい事例だ。
参照:https://www.adsoftheworld.com/campaigns/football-religion
事例概要:
P&Gのペーパータオルブランド「Bounty」が、ロンドンオリンピックに合わせて展開したCM「Let the spills begin」。 オリンピック選手に憧れ、家の中で体操や卓球などを夢中で真似する子どもたちを描写。当然、飲み物などをこぼしてしまうが、Bountyはそれを止めるのではなく、「こぼすことから、はじめよう。それが子どもたちの夢へとつながる」と肯定した。
(ペーパータオルの)意味的価値:
「失敗を片づけるもの」から、「失敗を許してくれるもの」へ。
プランナーコメント:
「汚れをきれいにする」という商品の機能を、「子どもを自由に挑戦させられる」という親の価値へ転換しているのが秀逸。 普通なら避けたい「こぼす」という失敗を、夢中になって挑戦している証拠としてポジティブに捉え直すことで、ペーパータオルが挑戦を許してくれる存在になっている。
事例概要:
Volleyball Worldは、スポーツ界に残る男女間の報酬・スポンサー・メディア露出などの格差に対し、バレーボールが持つ男女平等の文化を可視化する「Equal Jersey」を制作。 男女のトップ選手が、同じ背番号を持つ異性選手の名前も一緒に記したユニフォームを着用してVNL決勝に出場。「84%のファンが男女両方のバレーボールに強い関心を持つ」という競技の特徴を背景に、男女を分けて応援するのではなく、同じ競技、同じ背番号を持つアスリートとして並列に称えることで、スポーツ界全体へジェンダー平等を訴えた。
(ユニフォームの)意味的価値:
「自分の名前を背負うユニフォーム」から、「互いの名前を背負うユニフォーム」へ。
プランナーコメント:
「男女平等」をメッセージとして掲げるのではなく、スポーツ選手のアイデンティティである“ユニフォーム”そのものを平等の象徴にしたのが秀逸。 特に、一人の名前が入るはずの背中にもう一人の名前を並べることで、「男子/女子」という境界を越えて、同じ競技をする仲間として見せる。バレーボールがすでに持っている平等性を、非常にシンプルなデザインで社会への主張に変えている。
事例概要:
「Just Do It.」は、1988年に開発されたNikeのタグラインである。
それ以前のNikeは、トップアスリートに向けた「競技者のための語り口」を中心としたコミュニケーションを行っていたが、急拡大したエアロビクス市場での成功により急成長したReebokに米国におけるトップシェアの座を奪われていた。
そこでNikeは、ランニング、ウォーキング、クロストレーニング、バスケットボール、女性のフィットネスといった様々なシーンに向けて、多くのパターンのテレビCMを展開した。そして、バラバラのCMをひとつに束ねる言葉として開発されたのがこのタグラインである。
その最初のCMには、サンフランシスコのランニングコミュニティでアイコン的存在であった80歳の市民ランナー、ウォルト・スタックが登場。「Just Do It.」という言葉は、エリート選手にも、朝の散歩を始めたい人にも同じように届いた。
以後「Just Do It.」は、女性のスポーツ参加、社会的な信念、若い世代の不安といったテーマを受け止める器として使われ続けている。
(スポーツの)意味的価値:
「競技者が打ち込むこと」から「身体を動かすすべての人がやってよいこと」へ。
プランナーコメント:
20世紀のトップ5スローガンに入ると言われる「Just Do It.」は、「スポーツ」の意味を変えたミーニングデザインの成功例と言えるだろう。その結果、この言葉は単なる広告コピーではなく、約40年にわたってNikeのあらゆるブランディング施策を包含するブランドプラットフォームとなっている。
参照:https://www.creativereview.co.uk/just-do-it-slogan/
https://www.linkedin.com/posts/russjefferys_in-1988-nike-released-their-first-just-do-share-7462045048667451392-g1oK/
事例概要:
「ゆるスポーツ」は、電通のコピーライター澤田智洋氏が立ち上げた「世界ゆるスポーツ協会」が開発する新スポーツの総称である。同協会は「スポーツ弱者を、世界からなくす」というコンセプトで2015年4月に活動を開始。年齢や性別、障害の有無、運動神経にかかわらず、誰もが楽しめることをめざしている。
代表的な競技に、ハンドソープで手を滑らせてプレーする「ハンドソープボール」や、声で紙相撲の力士を動かす「トントンボイス相撲」、ブリのぬいぐるみを抱えてプレーする「ハンぎょボール」などがある。いずれもルールや道具の工夫によって、スポーツが得意な人と苦手な人の差を縮めている。
同協会の活動は単発のイベントにとどまらず、自治体の地域振興、介護施設のリハビリ、企業研修、テクノロジーの活用など、社会課題ごとに新競技を開発する仕組みになっている。これまでに300以上のイベント、130以上の競技、30万人以上の体験者に達している。
(スポーツの)意味的価値:
「能力を競い優劣を決めるもの」から「誰もが対等に笑い合うための装置」へ。
プランナーコメント:
従来のスポーツは「能力を競い優劣を決めるもの」という意味を持っており、苦手な人にとっては自分の弱さが人前で可視化されてしまう場でもあった。
これに対し「ゆるスポーツ」は、ルールを作り替えることでスポーツを「誰もが対等に笑い合うための装置」へと再定義した。「運動量や技術を競い合える」という機能的価値はあえて削ぎ落とし、「負けても楽しい」「一緒に楽しめる」という意味的価値を中心に据えている。
機能を足すのではなく、カテゴリーが持つ意味を反転させて新しい市場を開いた点で、ミーニングデザインの好例と言える。
いかがでしたでしょうか。同じ「スポーツ」というテーマの中でも、様々なアングルの事例があったかと思います。我々は、既存のものが本来持っていた意味を捉え直すことで、人の行動や社会の意思決定を動かすことができると考えています。
「伝える」のではなく「意味を変える」。それこそが、意味的価値の本質です。
来月もまた新しいテーマで、広告表現のヒントをお届けします。
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