
こちらは毎月、NEW STANDARDからその月のテーマに沿った広告・コミュニケーション事例を、弊社クリエイティブチームに所属するプランナーがそれぞれ2本ずつピックアップしてご紹介する企画です。業界の様々な事例から、課題を解決するアイデアや表現のヒントを届けることを目指しています。
9月のテーマは「睡眠」。
睡眠にまつわる様々な事例を、既存の価値に新しい意味を与える「意味的価値」という切り口からご紹介します。同じ「睡眠」というモチーフでも、切り口次第でこれほど多様な打ち出し方ができるのか、という発見をお楽しみいただければと思います。
多木裕晶 / クリエイティブディレクター
BBDO JAPAN等を経て、2026年にNEW STANDARDに参画。定量調査やFGIを活用した戦略立案から、ビッグアイデア開発、キャンペーンデザインまでをトータルに手がける。主な受賞歴として、Spikes、ACC、effie、WARC等。
伏見和真 / クリエイティブディレクター
外資系広告代理店数社にてCDやADに従事。2026年6月、NSに参画。飲料/食品/車/エンタメなど多業種のブランディングやコミュニケーション開発を担当。マス広告からデジタル/アクティベーション/PR、PKGまで統合的なCR開発を得意とする。
原美涼 / アートディレクター
広告制作会社にてAD/デザイナーとして従事。2024年にNEW STANDARDに参画。食品/飲食/化粧品など様々な案件を手がけ、アートディレクションの経験を生かしたコミュニケーションプランニング業務を行う。
竹本凜太郎 / クリエイティブプランナー
立教大学経済学部卒業。在学中より音楽コレクティブを主宰し、コロナ明けの東京における次世代テクノカルチャーの立ち上げやコミュニティ形成、イベントの企画・運営に従事。現場で培ったカルチャーインサイトやコミュニティデザインの知見を生かし、現在はクリエイティブプランナーとしてコミュニケーションプランニングを行う。
事例概要:
日本最大級の不動産情報サイトHOME'Sが、通勤電車内で居眠り(inemuri)する乗客たちを2日間にわたり撮影し、約50人の『眠る乗客』を捉えたショートフィルム『Dreamer (Nippon Inemuri)』を制作。日本の通勤時間の長さと、電車内が居眠りする人で常に混雑している状況を背景に、職場に近い場所への引っ越しを促すウェブCMとして公開された。
(電車の居眠りの)意味的価値:
単純な疲れではなく、職場が遠い&ベッドが遠いことを示す指標に。
プランナーコメント:
このような動画を見ていると、コストをかけなくても「発見」と「演出」で強い動画は作れるのだなと思う。「居眠りは通勤時間の長さからくる」という発見は、ムービー最後の腹落ち感がとても素敵だ。 ポーズや表情はかなり計算されているように見えるし、制作された2014年当時のWebムービーの雰囲気も感じられて、とても懐かしい気持ちになった。『ドリーマー』というタイトルも、ネタバレをすることなく映っている人たちを肯定的に捉えている言葉に見えてすごく良い。そして、この日本の通勤シーンの異常性を捉える視点には、海外での反響もしっかり計算されていると感じた。
参照:https://www.japantrends.com/music-video-dreamer-nippon-inemuri-train-sleeper-commuter/
事例概要:
若年層の40%が新しい語彙の習得を難しいと感じており、これがDuolingoのダウンロードを妨げる心理的な壁になっていた。就寝前に学習中の語彙を聞くと翌日の記憶定着率が高まるという知見をもとに、就寝時に流す音声コンテンツ「Duolingo PillowTalk」を開発。語学学習を、誰もが毎晩行う「就寝」という習慣の中心に組み込むアイディア。
(寝る前のスマホの)意味的価値:
悪習慣から、単語学習の最適なルーティーンに。
プランナーコメント:
「寝ている間に記憶が定着する」という、多くの人がなんとなく知っている現象を活用している点が秀逸だ。むしろ「なぜ今までなかったんだろう」と思うほどである。しかも、この手のサービスはいかに継続させるかが肝になるため、分かりやすい日常のルーティーンに組み込んでいる点も上手い。そして、本来はネガティブに捉えられがちな「寝る前のスマホ」を、ポジティブな習慣に見事に変換している点が素晴らしい。
参照:https://www.dandad.org/work/new-blood-archive/duolingo-pillowtalk
事例概要:
IKEAは、遮光ロールブラインドを「眠っている間だけ現れる広告媒体」に変える「Sleepfluencers」を展開。 参加者にIKEAのブラインドを無料提供し、その外側に枕やマットレスなど睡眠関連商品の広告をプリント。夜、住人が眠るためにブラインドを下ろすと、窓が街に向けたIKEAの広告になる仕組みをつくった。 生活者は快適な睡眠を得ながら、同時にIKEAの広告塔=“Sleepfluencer”になる。商品の本来の機能と広告行為を一つにしたユニークなメディアアイデアとなった。
(広告の)意味的価値:
広告は、人が眠っている時間さえメディアにできる。
プランナーコメント:
「ブラインドは閉めると外から見える」という、当たり前の行動をメディアに変えた視点が秀逸。 広告のために新しい場所をつくるのではなく、商品が使われる瞬間そのものを広告にしているため、IKEAの「手頃な価格で良い睡眠を」という価値まで自然に伝わっている。
事例概要:
IKEAは、「眠れず深夜までスマホを見ている人=マットレスに不満があるかもしれない人」と捉え、まさに眠れない時間に直接アプローチした。 北米で深夜の誘い文句として知られる「U up?(起きてる?)」を使い、深夜にカナダのユーザーへDMを送信。返信した人には「起きているなら、もっと良いマットレスが必要かも」と、IKEAのマットレスが15%OFFになるオファーを届けた。 約360万件の「U up?」を送り、オンライン訪問17%増、マットレス売上36%増につながった。
(不眠の)意味的価値:
眠れない瞬間こそ、マットレスを売る最高の瞬間になる。
プランナーコメント:
「眠れない」という状態そのものをターゲティング条件にしたのが秀逸。「U up?」という少し際どいカルチャーコードを、睡眠ブランドだからこそ成立する文脈へひっくり返している。広告を見せる「人」だけでなく、その人が商品を最も必要としている“瞬間”までアイデア化しているのが面白い。
参照:https://www.thedrum.com/awards-case-study/how-ikea-flipped-the-u-up-text-to-boost-mattress-sales
事例概要:
英国では、視覚障害のある子どもの3分の1以上が経済的な困難を抱え、オーディオブックに十分アクセスできない状況がある。一方で、世界中の多くの家庭では、親が子どもに物語を読み聞かせる時間が日常的に存在している。
そこでRSBCとInnocean Berlinは、家庭での読み聞かせを、そのまま誰かのためのオーディオブックに変えるアプリ「Bedtime Donations」を開発。親が朗読した声をAIで無料のオーディオブックへ変換し、視覚障害のある子どもたちへ届ける仕組みをつくった。
(寄付の)意味的価値:
誰かのために新しく何かを差し出すことから、いつもの読み聞かせを「声の寄付」に変える。
プランナーコメント:
寄付というと、お金を払ったり、誰かのために新しく時間をつくったりと、普段の生活に「別の行動」を足すものになりやすい。この企画が面白いのは、親が毎晩すでに行っている読み聞かせそのものを、寄付できる資源として捉え直したことだと思う。
家族のためだけに読まれ、その場で消えていた声が、別の子どもに物語を届ける価値へと変わる。寄付のハードルを下げながら、行為そのものの意味を広げている点がとても良い。
また、AIを新しい物語や声を生み出す“主役”として使うのではなく、人が誰かを思って読んだ声を、必要とする人へ届けるための裏方として使っているのも印象的。テクノロジーが人の行為を置き換えるのではなく、その行為に宿るあたたかさを広げているところに、この企画らしさを感じる。
参照:https://www.adsoftheworld.com/campaigns/bedtime-donations
事例概要:
韓国では、子どもの入院に付き添う母親などの介護者が、長期間にわたり狭く不快な付き添いベッドで眠り続けるケースがある。「Mom's Bed」は、そうした患者を支える家族の睡眠環境に光を当てたキャンペーン。
実際の付き添いベッドを街中に展示し、そこに眠ってきた母親たちの名前を記すことで、病院内で見過ごされてきた負担を社会課題として可視化。ソウルに付き添い家族のための滞在施設を新設する必要性を訴えた。睡眠の質格差を「介護者」という盲点になりがちな主体から描いた事例。
(介護者の睡眠の)意味的価値:
患者のために削って当然のものから、患者と同じように守られるべきケアへ。
プランナーコメント:
付き添いベッドが狭いこと以上に、「家族なら耐えて当然」とされてきた環境そのものに目を向けた点が印象的だ。
実寸大のベッドを街中に持ち出すことで、病院の中に閉じていた母親たちの我慢を、誰もが身体感覚で想像できる問題に変えている。さらに実在する母親の名前を記すことで、単なる医療環境のデータではなく、一人ひとりが長期間耐えてきた現実として伝えている点にも強いインパクトを感じた。
参照:https://www.adsoftheworld.com/campaigns/mom-s-bed-d41f6f14-0e2a-4ac6-ab35-d081a6ab0a2b
事例概要:
FIFAワールドカップ観戦による夜更かしが、翌朝の疲労運転事故につながる危険性を伝える交通安全キャンペーン。事故車の写真ではなく、「電柱に巻き付いた潰れたベッド」という視覚的メタファーを使うことで、睡眠不足のまま運転することの危うさを直感的に表現している。疲労運転が、飲酒運転と同じように重大な事故を招きうることを、強い印象とともに訴えた。
(安全運転の)意味的価値:
安全運転を、「運転中の注意」から「前日の睡眠」まで広げる。
プランナーコメント:
電柱に巻き付いたベッドという絵だけで、「寝不足のまま運転すると危ない」が一瞬で伝わるのが強い。事故車を見せるよりも、原因である睡眠不足そのものをビジュアル化しているから、メッセージがまっすぐ入ってくる。
また、ワールドカップを夜更かしして観る楽しさそのものには水を差さず、その翌朝に潜む危険だけを切り取っているのもいい。交通安全広告は表現が似通いやすいけれど、原因と結果を一枚の絵の中でつなげることで、新しさのある伝え方になっている。
事例概要:
マットレスブランドCasperは、ニューヨーク・ソーホーの旗艦店裏手に、45分間の仮眠を25ドルで体験できるラウンジ「The Dreamery」をオープン。Casperのベッドを備えた個室に加え、パジャマや洗顔料、歯ブラシ、音声コンテンツなども用意し、商品を買うのではなく「眠ること」そのものを体験できる場をつくった。Casperはこれを、睡眠やリラックスを日常のウェルネス習慣にする取り組みと位置づけ、ラウンジ内では商品を販売せず、興味を持った人を隣接する店舗へつなげる形をとっている。
(商品体験の)意味的価値:
マットレス選びを、「商品を比べること」から「自分にとって心地よい眠りを知ること」へ変える。
プランナーコメント:
商品をその場で売らないことで、逆に「買うかどうか」という意識を消しているのが面白い。友達の家にあるものを何気なく使ってみて、「これいいな、欲しい」と思うことがあるが、それに近い感覚がある。先に商品を試させるのではなく、まず「昼寝をする」という目的があって、そのために使ったものが結果的に気に入る。言ってしまえば実演販売だが、いかに実演販売だと感じさせないかまで設計しているところがうまい。
参照:https://retailwire.com/discussion/need-a-nap-casper-opened-a-store-for-that/
いかがでしたでしょうか。同じ「睡眠」というテーマの中でも、様々なアングルの事例があったかと思います。我々は、既存のものが本来持っていた意味を捉え直すことで、人の行動や社会の意思決定を動かすことができると考えています。
「伝える」のではなく「意味を変える」。それこそが、意味的価値の本質です。
来月もまた新しいテーマで、広告表現のヒントをお届けします。
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