「意味のイノベーション」✕「感性設計学」で、ブランドやプロダクトの「新しい価値(イミ)」を創出する──対談:東京大学准教授・柳澤秀吉 × NEW STANDARD代表・久志尚太郎

2023/08/18
ニュースタ!編集部

NEW STANDARDでは、ブランド開発のためのデザイン思考の活用を推進するべく、新たに実践型ワークショップ「デザインイノベーションキャンプ」の提供をスタート。デザイン思考の専門家集団として、コーポレートマガジン『ニュースタ!』にて「デザイン思考」や「意味のイノベーション」について社外の専門家や実践者たちと対談していく連載シリーズを展開します。

その初回に登場いただくのは、東京大学の柳澤秀吉准教授です。NEW STANDARDでは、柳澤准教授が所属する東京大学大学院工学系研究科と共同研究契約を締結。「感性設計学を応用した意味のイノベーション理論の構築」と題されたこの共同研究では、NEW STANDARD独自のメソッドに、東京大学の柳澤秀吉准教授が提唱する「感性設計学」を応用し、再現性の高い独自理論の発展を目指します。

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これまでNEW STANDARDでは、クライアント企業のブランドやプロダクト、サービスに対して従来とは異なる意味や解釈を与えることで、「新しいスタンダード」となりえるものを消費者や社会に提示する方法を模索してきました。

こうした私たちが掲げる「価値(イミ)」の付与と解釈という考え方の元となっているのが、ミラノ工科大学のロベルト・ベルガンティ教授が提唱した「意味のイノベーション」という理論です。

私たちは「意味のイノベーション」理論をベースに、ミレニアルズ及びZ世代のスペシャリストとして、新しい価値(イミ)創造を“ユーザー起点”でアジャイルに実現する、ブランドDXカンパニー独自の、「価値(イミ)」を革新するというメソッドを確立し、ブランド開発やCX開発などをおこなってきました。

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しかし、「意味のイノベーション」は体系的な理論が確立されておらず、再現性に課題があるというのは先行研究でも指摘されています。そこで、今回の東京大学との共同研究によって、「意味のイノベーション」の再現性を高めることを目指します。

共同研究をスタートするにあたり、柳澤秀吉准教授と弊社代表・久志尚太郎による対談を実施。「感性のメカニズム」という一般法則から、ブランドやプロダクト、サービスを利用した人の感覚や感情をデザインする理論と、その応用可能性についてお聞きしました。


東京大学准教授・柳澤秀吉さん

「意味の読み替え」によって価値をつくる

久志:これまでNEW STANDARDでは、ビールの新しい価値(イミ)を「心を満たす」ものとして再定義する『ASAHI WHITE BEER』プロジェクトなど様々な場面で、「意味のイノベーション」を実践してきました。

今回の共同研究では、柳澤先生が提唱した「感性設計学」によって意味のイノベーションの方法論とその評価方法を体系化し、クライアント企業の支援のみならず、そうした手法によって日本経済に対してもポジティブなインパクトを与えていけるのではないかという期待を持っています。そもそも「感性設計学」という学問は、2004年に柳澤先生が初めて提唱したものですよね。改めて、どのような学問領域なのでしょうか?

柳澤:感性設計学とは、感性価値を含む人工物の設計方法を考える学問です。もう少し具体的にお話すると、たとえば新しい製品を開発する際に、これまでの「工学設計」では、エンジニアが製品の機能や性能を考えていました。しかし、実際に製品を生活の中で使う時には、機能や性能だけでなく「それを使った人がどのように感じるか」も大切ですよね。こうした使用者が感じる知覚や感覚、それによる感情までトータルで設計することを、「感性設計」と呼びます。

久志:「感性」という定量化しにくいと思われているものを設計の対象にしているのが興味深いですね。

柳澤:ありがとうございます。たとえば、ヘアドライヤーを新しく開発するとしましょう。家電メーカーの方々は工学や機械設計の観点から、「熱風が出る」という物理現象と、それによって「髪を乾かす」という機能を生み出します。しかし、そのヘアドライヤーを実際に使ってみた人が、「髪がサラサラになって気持ち良い」と感じるかどうかは、実際につくって使ってみないとわからないですよね。
感性設計学では、物理現象や機能だけでなく、「使用者がどのように感じるのか」といった「快」「不快」にかかわる人間の感性まで設計可能にすることを目指します。製品をつくる前から、使用時の感覚をシミュレーション可能にする研究とも言えるでしょう。「物理から感性がいかに生まれるか」という問いに対して、物理と心理をつなぐ数理的な予測モデルをつくるわけです。


NEW STANDARD代表・久志尚太郎

久志:感性設計学を「意味のイノベーション」と接続させることで、どのような可能性が拓かれると柳澤先生はお考えでしょうか?

柳澤:実は、初めて感性設計学を用いて企業と共同研究を実施した「音のデザイン」が、まさに「意味のイノベーション」に近しいと思っているんです。ある日、とある家電メーカーさんから掃除機の音についてご相談を受けまして。

というのも、掃除機は大きな騒音を出しますよね。これは家電メーカーのエンジニアも問題視していて、いかに極力静かな掃除機をつくるかを至上命題に、「静音設計」の研究開発を長年進めてきたんです。その結果、筐体に吸音材を大量に使うことで静音化に成功しましたが、残念なことに大きくて重い、部品点数が多くて扱いづらい掃除機が生まれてしまいました。

そこで私たちが共同研究したのは、掃除機の音を「静音化」するのではなく、「快音化」することです。同じ機械でも、音自体が「聞いていて気持ちがいい」という価値を生み出す製品がありますよね。たとえば、車やバイクのエンジン音、カメラのシャッター音、ドアが開閉する音などが挙げられるでしょう。同様に、「もし心地よい音がする掃除機があるのなら、その製品からはどんな音がするのだろう?」と考えたんです。

「意味のイノベーション」の話を聞いた時、まさにこのことを思い出しました。普通に考えれば、掃除機の音はただの騒音です。しかし、「快音化する」という概念を持ち込むと、掃除機の音にも価値が生み出せるかもしれない。企業にとっても、「静音化」ではなく「快音化」のデザインを考えると、製造コストが安くて価値のある製品をつくることができる。その方法をモデル化するのは、私の研究にとっても意義深いと思いました。

久志:非常に面白いですね。いまのお話を聞いていて思い出したのが、サウナでした。サウナが一大ムーブメントになる前から、サウナに関するさまざまなコンテンツや広告を手がけてきたのですが、それまで「我慢する場所」という認識も強かったサウナは、ここ数年、「ととのった!」という言葉とともに大きなムーブメントとなりました。サウナが「心身を整える場所」に変化したことは、自身の心と身体のバランスと向き合うウェルビーイングの時代にシフトしたことを象徴するものですし、まさしくサウナが持つ意味が転換した事例だと思っています。

幼少期の体験が、
「感性」というテーマに結びついた

久志:そもそも、柳澤先生が感性に注目されたのにはどのような背景があるのでしょう?

柳澤:私は学生時代に機械工学や情報工学を専攻しており、もともと人工物の設計やデザインに興味がありました。さらに、そこに加えて「感性」という、一般的に人間の感覚や感情など主観的価値に依存すると考えられている“良さ”を、設計デザインに取り入れたいと思ったんです。

そう思った理由は、私の生い立ちも関係しています。実は私の父親は彫刻家なんです。普通のサラリーマン家庭ではなく、幼少期から父親の仕事を手伝わされていて。隣で父親がほとんど設計図を描かずに頭の中のイメージと感覚だけで仏像などを彫る姿を観ていて、「どんな頭の構造になっているんだろう?」と不思議だったんですよね。

その後、私は父の後を継がずにエンジニアリングの世界に入ります。数学や物理が得意で、コンピューターやソフトウェアが好きだったからです。しかし、環境的な要因からか、根っこの部分ではやはりアートが好きで、感性にかかわる仕事をしたいと思っていた。そんな学生時代に感性工学の分野を知り、「感性を工学的に扱うことができるのか」「もしデザイン学や設計工学に導入するとどうなるのか」と興味を持ったことが研究のはじまりでした。

久志:なるほど。「機械工学と感性を結びつける」というアプローチは近年になって少しずつ理解が得られはじめているように感じていますが、柳澤先生が2004年という早い時期に感性設計学を提唱しはじめるまでには、さまざまな経緯があったんですね。

「感性」を一般法則にする、10年以上にわたる試行錯誤

久志:先ほどのヘアドライヤーや掃除機の例をお聞きしていると、感性設計学を立ち上げた当初から、さまざまな領域における産学連携に取り組まれてきた印象を受けました。

柳澤:たしかにものづくりの文脈で産業的なニーズはあったのですが、確固たる学術基盤がなく、方法論も固まっていなかったので最初は大変でした。2004年に感性設計学を立ち上げて、転機となった先述の掃除機の案件が2013年頃だったので、約10年間ほど試行錯誤していたことになりますね。

久志:10年間も方向性を模索されていたんですね。この案件は柳澤先生にとって、どのような転機になりましたか?

柳澤:まず、さまざまな企業と共同研究をするようになりました。その積み重ねで2014年頃には成果が出はじめたのですが、同時に「これだけでは学問分野の確立にならないぞ」とも思いはじめたんです。

それまでの10年間の研究は、簡単にいえば、人間にさまざまなものやサービスを提示して、それを属人的に評価してもらうことで感性を計測しモデル化していました。たとえば音のデータを人に聞かせて、「音に対してどのように感じましたか?」という心理実験を実施し、音の物理量との関係を法則化するアプローチを取っていたわけです。

しかし、この音のデータは既に存在するものにしか有効ではありません。たとえば、ある掃除機の音が不快であることはわかりますが、これから新しく開発する掃除機の音を予測することはできないわけです。これでは改良設計には使えても、イノベーションを起こすための全く新しいものづくりには活かしづらい。このままさまざまな製品で実験を重ねても、未来の製品に対する効果を予測できるような、「一般法則」は導き出せないとわかったんです。

久志:感性や創造性の評価って、本当に難しいですよね。当社も様々にチャレンジしていますが、答えは長年出ないままでした。

予測と感覚刺激のギャップが、感性を生み出す

久志:そこから学術的な基盤をどのように発展させていったんでしょうか?

柳澤:2015年頃に「計算論的神経科学」の考え方を取り入れたことが、感性設計学の一般法則を確立させる重要な転換点になりました。これによって、未来のイノベーションへの効果を予測する(外挿できる)数理モデルを生み出せる可能性が拓けたんです。

この計算論的神経科学では、知覚のメカニズムを「予測と感覚刺激のギャップ」で考えます。たとえば、“Size–weight illusion”という人間の錯覚を明らかにする実験があります。ここに大きな金属の塊と小さな金属の塊があるとしますよね。この二つは大きさ(見た目の体積)は異なりますが、質量(重さ)は同じです。にもかかわらず、この二つの金属を持ち上げた人は、「小さいほうが重い」と答えます。

なぜこの錯覚が起こるかというと、人間の経験や知覚は、事前の期待によって影響を受けるからです。持ち上げる前に、事前にモノを見て重さを予想し、その重さに応じた姿勢や力でモノを持ち上げようとする。一見小さいが実は重い金属の塊を持ち上げようとすると、「予想していたより重い」という予測誤差を脳が感じる。それが「大きい金属の塊よりも重い」という錯覚につながるわけです。このように、期待が知覚経験におよぼす影響を「期待効果」と呼びます。

久志:僕も事前に試してみたのですが、本当に大きいほうが持ち上がりました。同じ重さのはずなのに感じ方が全然違うんですよね。

柳澤:“Size–weight illusion”では、視覚(見た目の大きさ)と触覚(重さ)の期待効果を計測しましたが、これは他の複数の感覚の掛け合わせでも応用が可能です。『A computational model of perceptual expectation effect based on neural coding principles(神経符号化原理にもとづく期待効果の計算モデル)』という2016年の私の論文では、予測と感覚刺激のギャップによる「期待効果」を一般的に予測する数理モデルを作り、他の感性にも応用可能にしています。

ここでのポイントは、期待と感覚刺激のギャップは人間の「体験」や「感情」に影響するということです。たとえば、予測誤差が大きいかどうかという数値をグラフの縦軸に置いて、「安全性」という概念をグラフの横軸に加えてみましょう。もしも「安全だと信じていた自動車に乗ったら、危険な目にあった」という場合、予測誤差によって強い不快感を感じますよね。“怒り”を感じる人も多いはずです。

このように、人間の予測と感覚刺激のギャップ(=予測誤差)こそが、感情を生み出す「感性のメカニズム」である。この考え方が感性設計学の基礎になっています。

そして、予測誤差は「サプライズ」を引き起こします。人間は物事が予測通りにならず、ビックリすることを好みません。だから、脳内の世界のモデルは誤差が小さくなるよう常に修正されつづけている。いま私たちが見ている(感じている)世界は、脳が作り出した予測の世界であるとも言えるんです。

感性設計学の応用可能性

久志人間はいつも予測していて、行動すると感覚刺激が入ってくる。この認識のギャップが感情を生み出す「感性のメカニズム」だというわけですね。そして、感性設計学とはこの理論を用いて、製品を使った時の予測と感覚のギャップをデザインするものだと。

柳澤:おっしゃる通りです。予測誤差によるサプライズを適切な範囲に収められれば、人間は「心地いい」といった「快」を感じます。この理論を知ることで、使っていてポジティブな感情になる製品をデザインできるようになります。

久志:今後、産業分野ではどのように応用されていくのでしょうか?

柳澤:人間が使う製品全般で感性設計学は応用可能ですが、先ほども挙げた自動車は良い例でしょう。乗り物は見た目のデザインに始まり、乗り心地、「運転していて楽しい」といった要素がたくさんあります。また、「安全」と「安心」も心の問題になる重要な点です。自動車自体が安全だとしても、ドライバーが安心だと思えなければ乗ってくれません。

これは自動運転やAIなど新技術に対しても当てはまります。「安心」だと思えないのは、予測誤差による心理的な問題です。安全な制御だけでなく、適切な安心感を与える仕組みをいかに生み出すかという感性の問題が今後大切になってくるでしょう。

また、ラストワンマイルの自動配送ロボットにも応用が期待できます。近い将来、歩道を配送用ロボットが走るようになると予想されていますが、我々は、人間と同じように「思いやり」を持って動く制御が可能になると考えて研究を行っています。「感性のメカニズム」をロボットにインストールして、予測誤差が生じることが不快だと感じさせられれば、人間の動きを的確に把握し、気を遣いながらすれ違うといったことができるようになるはずです。

久志:ありがとうございます。私たちのように、クリエイティブを生業にする仕事でも、良い意味で受け手の期待を裏切るような、ちょっとしたサプライズを伴う仕掛けがとても重要です。しかし、それらの再現性や効果検証は、クリエイター自身の属人的な経験やスキルに頼りがちです。

しかし、こうした可能性を、感性設計学を応用することで、意味のイノベーション理論と意味の評価方法をさらに体系的にまとめ、再現性あるメソッドとして、モデル化していけると感じています。ブランドやプロダクト、サービスに、現代における新しい「意味」を付与することでイノベーションを起こすことは、本当にわくわくする体験です。

特に「意味」や「感性」といった領域は日本人が向いている分野だと思いますので、柳澤先生と一緒に、日本発のモデルとして世界へ向けて発信していきたいと思っています。

柳澤:そうですね。「異なる意味を考える」といった解釈学的なものは私も好きですし、掃除機の「音のデザイン」で実現したように、意味のイノベーションの方法論とその評価モデルを展開できるようにしていきたいです。

久志:柳澤先生と一緒に取り組んでいければ幸いです。本日はありがとうございました!

PHOTOGRAPHS BY KAZUHO MARUO, TEXT BY TETSUHIRO ISHIDA


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