NEW STANDARD代表の久志です。今回は、私が所属する東京大学大学院工学系研究科 柳澤秀吉研究室(Design Engineering Lab)から発表された論文『Free Energy-Based Modeling of Emotional Dynamics in Video Advertisements』を解説します。
これは、私たちの業界である広告・マーケティングの領域に、脳科学の視点から一石を投じる非常にエキサイティングな研究成果です。
これまで動画広告のクリエイティブは、属人的な「センス」や「勘」に頼りがちでした。もちろん経験則は強い武器です。一方で、制作・改善の意思決定が「言語化しづらい」「再現性が担保しづらい」という壁もあります。
本研究が提示するのは、感情を“直接当てる魔法”ではなく、動画の表現要素から感情ダイナミクスを定量化し、議論と改善の共通言語に変えるというアプローチです。

脳は「予測」し、「外れる」ことで心が動く
この研究の根底にあるのは、脳は常に外部環境を予測しており、その予測と現実のギャップ(予測エラー)を最小化しようとする「自由エネルギー原理(FEP)」の考え方です。論文では、動画の表現要素から以下の3つの指標を算出しています。
・心地よさ(Pleasantness)
脳が情報を処理し、予測モデルが更新されて不確実性が解消される(情報利得:KLD)過程で得られる「手応え」です。
・驚き(Surprise)
予想外の展開(ベイズサプライズ:BS)や、要素の種類・配置の不透明さ(不確実性:UN)に直面したときに生まれる反応です。
・慣れ(Habituation)
同じ刺激を繰り返すと予測エラーが小さくなり、感情の振れ幅が収まっていく現象です。
特筆すべきは、視聴者にセンサーをつけることなく、動画内の「ロゴの出現」「カット割り」「ナレーションの内容」といった構成要素をAI(VLM/LLM)で解析するだけで、これらの感情の動きを数学的に可視化できる点にあります。
1,000本以上の分析で見えた「3つの勝ちパターン」
日本の15秒の食品動画広告「1,059本」を詳細に分析した結果、動画には3つの特徴的な感情プロファイル(クラスター)があることが判明しました。
・Uncertain Stimulus(不確実な刺激型)
└複雑さや予想外の要素によって「驚き(UN)」が高まり、関心を引っ張る構成。
<向いている場面例> 認知獲得、話題化、初見での引力が重要な短期施策。
・Sustained High Emotion(持続的な高感情型)
└視聴中、全指標(心地よさ、驚き)が常に高いレベルで維持される、贅沢な体験。
<向いている場面例> ブランド毀損を避けつつ世界観で満たす、プレミアム商品、指名想起。
・Momentary Peak and Decay(瞬間ピークと減衰型)
└特定シーンで心地よさ(KLD)のピークを作る一方、その後「慣れ」が急速に進む構成。
<向いている場面例> 強い一撃(キャッチーな山場)を作り、短い接触で印象を残す。
重要なのは「どれが正解」ではなく、目的に応じて“どの軌跡を描くべきか”を選べる可能性が出てきた点です。
クリエイティブを「属人性」から「設計議論」へ
広告制作は、最後は人の仕事です。ただ、意思決定の場が「感覚での判断」になると、スピード感も精度も落ちてしまいます。この研究が興味深いのは、クリエイティブを“平均点にする”のではなく、むしろ逆で、「狙う感情体験を言語化・定量化し、チームで設計議論できるようにすること」です。
AIと共創する時代、私たちは「クリエイティブをAIに作らせる」以前に、“どう心を動かすか”を設計できる地図を持つべきだと考えています。
柳澤秀吉研究室(Design Engineering Lab)で得られた知見をNEW STANDARDの現場にも還元し、より本質的な価値を持つクリエイティブを追求していきます。
<論文詳細>
Title:Free Energy-Based Modeling of Emotional Dynamics in Video Advertisements
Authors:Takashi Ushio, Kazuhiro Onishi, Hideyoshi Yanagisawa
Source:IEEE Access, Volume 13, 2025

