久志尚太郎(NEW STANDARD 代表取締役):中国や米国ではOMO(Online Merges with Offline)やCX(Customer Experience:顧客体験)が考え方のスタンダードとして定着したイメージがありますが、日本では一過性の流行のように捉えられているきらいがあります。しかし、OMOやCXはマーケティング・コミュニケーションを考える上での大きな地殻変動だと僕は捉えています。
今年の夏に米国のD2Cブランドの視察に行ったのですが、店舗を訪れるなかで感じたのは、どんなCXを提供したいかが最も重要になるということでした。例えば、ニューヨークにあるミレニアル世代向けのD2C製品が集まるShowfieldsは「没入型シアター方式」とも呼ばれています。そこでは、店舗はモノを売る場所ではなくなり、販売員はディズニーランドにおけるキャストのような存在になっています。
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製造業において、その起点が製造から「ユーザーの体験」に変わっていく。コミュニケーションにおいても、その起点がマスメディアから「インターネット」に変わっていく。その背景には、大きなブランドやマスメディアにより提示される商品が欲しいのではなく、人々の欲求が社会から自分起点に変わったことが挙げられるでしょう。だからこそ、共感や自身の物語を求める時代になっていることは、もはや言うまでもないかもしれません。
「CX=商品」という考え方
顧客体験を考える時、わたしたちは「CX=商品」という考え方をもっています。販売するプロダクトだけが「商品」ではなく、ソーシャルメディア上のコミュニケーションや店舗での体験、あらゆるブランドコミュニケーションの接点におけるCXの集積された価値を表す言葉が「商品」です。
同じ性能のプロダクトで3000円、2000円と値段が異なっていても、それ以外の顧客接点が優れていれば、3000円のものを選ぶこともあるでしょう。D2Cブランドは製造起点ではなく顧客起点でのものづくりを行うことで、従来のバリューチェンやコミュニケーションのあり方を破壊し、価格や商品単体のクオリティのほかにトータルのCXが評価される時代になっています。
CXの優れた事例として挙げられるのは、NIKEです。2018年にオープンした「Nike House of Innovation」という店舗は、商品の販売ではなくブランディングや顧客体験に特化。ピックアップロッカーやレジをなくした会計システムを導入したり、巨大ディスプレイやモニュメントの設置を通じてブランドの世界観を体感する場にしています。
日本にはOMOを前提とした優れた顧客体験を提供するブランドは、まだ見受けられません。けれども、日本人は「おもてなし」という考え方をもっていますよね。単に食べ物や宿泊場所だけではなく、それを取り巻くエクスペリエンスの提供を大事にする。これを顧客とのオフラインの接点でしか効果を発揮していないのがもったいないと思います。
まず「CXコンセプト」から始める
わたしたちの事業も、OMO/CXの考え方に基づいて設計しています。デジタルメディアで行なったプロモーションやマーケティング施策と同時に、「BPM」という場を通じたブランド体験を提供していますし、自社で取り組んでいるD2Cブランドも顧客起点でのものづくりを行なっています。
過去には、フィンランド政府観光局とともに、フィンランドという国のCXコンセプトを考える取り組みを行いました。当時フィンランドと言えば「ムーミン」「サンタクロース」「マリメッコ」「オーロラ」などが思い出されるばかりで、そこに新しいコンセプトや目的地をつくることが重要でした。
社会的にもウェルビーイングを大切にする価値観が浸透するなか、わたしたちは「フィンランドは、心と身体の充足感を提供してくれる新しい目的地」と定義し、フィンランドが有するサウナをディスティネーションにするキャンペーンを行ないました。デジタルコミュニケーション、リアルイベント、アンバサダー・プログラムまでもを内包した施策です。
それは単に「フィンランドに10万円で行ける」という訴求ではなく、どのようなCXコンセプトに基づいて顧客にどんな体験を提供したいのかを考え、あらゆるタッチポイントでそれを伝えていく取り組みでした。
わたしたちは企業のブランドアイデンティティを新しい基準で捉えるフレームワークを開発し、企業やブランドを支援しています。根幹にあるアイデンティティやコンセプトから、実際のプロモーション施策までOMO/CXの考え方に基づきながら一緒に創っていきたいと考えています。