2025年の「Oxford word of the year 2025」に選出された「レイジベイト(Rage Bait)」。レイジベイトとは、「Rage(怒り)」と「Bait(餌)」を掛け合わせた造語。
ユーザーを不快にさせたり、常識外れな行動を見せたりすることで、「それは違う!」「ひどすぎる!」という怒りのコメントやシェアを誘発する手法のことです。かつての「クリックベイト(釣り記事)」の目的が、単なる流入からエンゲージメントを増加させる形態へと進化したものです。
特にメンタルウェルビーイングを重視するMZ世代にとって、心の平穏を脅かす精神的な弊害として捉えられ始めています。
なぜ「怒り」が効率的なマーケティング手法になったのか
ではなぜ、これほどまでに「レイジベイト」が蔓延しているのでしょうか。そこにはSNSの構造的な問題が潜んでいます。
・アルゴリズムの報酬:
ThreadsやTikTokなどのアルゴリズムは、コメントやシェアが多く発生する投稿をより価値が高いと判断し、さらに多くのユーザーに拡散します。怒りは他の感情よりも反応を呼びやすいため、発信者にとって効率的な拡散戦略となってしまっているのです。
・正義と自尊心:
ユーザーは「明らかに間違っている、非常識に見える投稿」に対し、それを正そうとコメントします。この時ユーザーは「自分は正しいことをしている」という自尊心や正義感を感じるため、その心理的報酬がさらなるエンゲージメントを生んでいくのです。
SNS中に蔓延するレイジベイトの具体例
レイジベイトは、今やあらゆる領域で巧妙に仕掛けられています。
・食品:
高級食材をバケツに入れて混ぜたり、あり得ない量の砂糖をコーヒーに投入したりする動画。視聴者の「もったいない」「不潔だ」という正義感を餌にして、数百万再生を稼ぐケースもあります。
・美容:
明らかにAIやフィルターで加工した肌の悩みを見せ、誇大広告を打つ手法。批判コメントが殺到すればするほど、その広告の露出が増えるという悪循環が起きています。
・ライフスタイル:
「これを知らないやつは人生損してる」といった強い言葉や、あえて偏った意見を投稿し、コメント欄でユーザー同士を戦わせるようなエンゲージメント・ファーミング((Engagement Farming))という手法を取ります。
インサイト分析:SNSに搾取されない新しい価値観
従来の価値観では、SNSの反応は「共感」や「憧れ」の証であり、SNSにおける成功はエンゲージメント量で測られてきました。しかし市場が飽和し「レイジベイト」が蔓延した結果、そこにあるのは対話ではなく、「感情の搾取」であることに多くの人が気づき始めています。
MZ世代にとって、誰かを攻撃することで得られる一時的な連帯感はもはや心地良いものではなく、むしろ操作されている感覚に強い嫌悪感を抱き始めています。
「意味のない数字のために、自分の大切な感情を差し出さない」という静かな抵抗が、新しい価値観として芽生えているのです。
リサーチャーの視点:ユーザーの本質的な幸福を問い直す
レイジベイトのようなデジタル空間における怒りは、安価で高純度な燃料となってしまいました。しかし、広告・PRの視点で見れば、レイジベイトによる拡散はブランド棄損のリスクを孕んだ劇薬にもなりえます。ユーザーのリテラシーは、怒りを無視するフェーズへと移行しつつあります。
これからの企業やブランドに求められるのは、アルゴリズムの隙を突くハックではなく、ユーザーの「感情」を無駄に消費させない誠実な対話です。反応されることを目的化せず、その反応がユーザーの幸福感に寄与しているのか? レイジベイトの流行は、コンテンツの本質的な価値を問い直すターニングポイントとなっているのかもしれません。
What’s NEW STANDARD?
【SNS】
STANDARD:正義感や違和感をぶつけることで、ネガティブな拡散に加担する
↓
NEW STANDARD:刺激が「餌」であることを見抜き、あえて反応せずSNSを居心地の良い場所として育て直す。

