企業やブランド事業にパーパスが求められる時代において、「存在意義」や「新しい価値」をいかにして発見できるのでしょうか。NEW STANDARD代表の久志尚太郎が、ブランドの「意味(価値)」の解釈を変え、社会における新しい「意味(価値)」を生み出すための思考法を説明します。
消費における3つの変化
いま、社会の消費に対する価値観に、大きな変化が起きています。90年代までは「モノ消費」が主流であり、製造したモノを企業が消費者に一方的に届けるというアプローチをとっており、企業と消費者は分断されていました。その後の2010年代に話題になった「体験消費」の時代には、企業と消費者が直接つながり、消費者に価値を届けるアプローチが注目されるようになりました。
そして、2010年以降重要性が増していた「意味消費」が、これからの消費のメインストリームです。消費によって自らの意思を表明をする「消費アクティビズム」や、コロナ禍の影響で自然環境へ配慮しながらブランドやプロダクトを選択するようになったため、「意味」を軸にブランドを再解釈する重要性は今までに以上に高まっています。
だからこそ今、企業には利益追求だけではない、ブランドパーパス(存在意義≒ユーザーにとっての新しい意味)が求められてます。また、企業活動を通してあらゆるステークホルダー(顧客、従業員、サプライヤー、地域社会、株主など)の利益に資する「ステークホルダー資本主義」という考え方も登場しているように、企業やブランドの社会的大義もますます重要になっています。
ブランドパーパス(存在意義≒ユーザーにとっての新しい意味(価値)を定めるうえでは、企業と顧客の間に立つ「解釈者」の存在が欠かせないと言われています。なぜなら、「自社の目線」や「ユーザーの声」だけでは、世の中の潮流や顧客のインサイトを捉えきれず、掲げる「大義」や捉えている「消費者ニーズ」が、本当に必要とされているものとズレてしまうからです。
解釈者に求められるのは、顧客やユーザーに相対し、社会の変化やユーザーのインサイトを捉えること。そして、それを踏まえて、企業のブランドやサービス、コミュニケーションに時代のコンテクストに沿った新しい「意味(価値)」を付与することです。
「意味消費」における解釈者になるために
わたしたちNEW STANDARD社は、企業のブランドやプロダクト、サービスに対して従来とは異なる意味や解釈を与えることで、消費者や社会にとって「新しいスタンダード」となりえるものを提供してきました。
その基盤となっているのが、ミレニアル世代を中心に月間600万人のユーザーを抱えるメディア『TABI LABO』を中心としたユーザーデータ&インサイトです。メディアを単なる情報発信やライフスタイル提案のツールとして捉えるのではなく、そこで得られるユーザーインサイトをさまざまなかたちでサービス化しています。
1.インサイトツール
累計20億PV累計数万の記事データから捉えるユーザーインサイトは、読者の併読傾向から、潜在的な欲求を捉え、新しい「意味(価値)」を発見することに活用しています。
2.アイデア工具
言葉と言葉の距離を数値化し、可視化✕組み合わせるためのデジタルツール。新しい「意味(価値)」を想像するために、不可欠なアイディエーションをデータドリブンに実現。
3.ニュースタンダードリサーチ
世界の新しい基準や価値観と最新のユーザー動向が詰まったリサーチ&レポート。世の中のコンテクストとユーザーの動向をかけあわせてることで、新しい「意味(価値)」を読み解く。
「意味のイノベーション」
「意味(価値)」の付与と解釈という考え方の下敷きになっているのが、ミラノ工科大学のロベルト・ベルガンティ教授が提唱した「デザイン・ドリヴン・イノベーション」や「意味のイノベーション」の理論です。従来のデザイン思考とは異なり、解決手段ではなく「意味」を革新するというアプローチで、ベルガンティ教授はYankee Candleを例に挙げ、「意味」のイノベーションを次のように解説します。
ロウソク産業は、数百年の歴史を持つ産業であるのにもかかわらず近年売り上げが急上昇した稀有な産業である。1990年代に売り上げが上昇し、2000年に頂点に達しており、年成長率は10%と高い。1969年にマサチューセッツで起業したヤンキーキャンドル社は、ロウソク製造業では新規参入者であるが、2012 年の香り付き高級ロウソク市場で44%のシェアを獲得し売上高は8億4400万ドルに上る。同社のロウソクは分厚い瓶の中に入っており、炎はほとんど見えず、部屋を明るくするという伝統的なロウソクの目的は果たしていない。しかし、150 種類以上の様々な香りがあり、大きなラベルに香りの種類が記入されている。同社の製品は、従来の単なる「光源としてのロウソク」という意味から、「香りの空間創造としてのロウソク」という意味へ変化させ、大きな市場を獲得した。この製品を使う理由は、友人を自宅に招いたり、一人で過ごす時に空間に温かなぬくもりを感じたいからである。より明るく、明かりを長持ちさせたいという既存のロウソクに関する支配的な解釈は、同社の「ロウソクの香りによって人々を心地よくさせる」というビジョンのもとに、抜本的に変化したとされる。
『意味のイノベーション/デザイン・ドリブン・イノベーションの研究動向に関する考察』より引用
「壁掛け写真」から「大切な人への贈り物」へ
NEW STANDARDの過去の取り組みにおいても、「意味のイノベーション」に類する施策を多数行なってきました。
たとえば、富士フイルム株式会社の「WALL DECOR」のプロモーションをご一緒させていただく機会がありました。
「家で写真を飾ることを日本のライフスタイルに取り入れたい」という富士フイルムの想いに対して、飾る写真の新しい価値を定義すべく、『TABI LABO』の記事を通じた商品価値のプロトタイピングを実施。「贈り物」と「子どもの自己肯定感を育む物」という2つの切り口で記事を展開する中でミレニアルズのインサイト発掘にも繋がり、その後の新商品の開発へと取り組みは発展しました。本案件では、壁掛け写真ではなく、大切な人への贈り物という新しい「意味(価値)」を創造したわけです。
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また、LEXUSとは「ラグジュアリー」という言葉のもつ意味の再解釈に取り組みました。
モノも情報も飽和している時代において、次世代を担うアクティブミレニアルズは、何に本当の「豊かさ」を感じているのか。現代を「ラグジュアリー」対する価値観が変わる端境期と捉え、ラグジュアリー・モビリティブランドのレクサスとともに、人生を自分らしく豊かに彩るインスピレーションを探す旅を提案。ラグジュアリーとは「金銭的な豊かさ」ではなく、「自分らしい精神的な豊かさ」であるという新しい「意味(価値)」をレクサスとともに探していく体験を、ブランドコンテンツとして表現しました。
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このように、プロダクトやサービスそのものは変えずに、そのブランドがもつ価値を再解釈し、ユーザーに届けていく取り組みを通じて、社会における新しい意味(価値)をわたしたちはつくってきました。
イノベーション(新しい価値創出)に取り組むうえでは、必ずしも新しいプロダクトやサービスをつくることが重要なわけではありません。古くから存在する伝統的なブランドやプロダクト、サービスにこそ、現代における新しい「意味」の付与や解釈による変革の可能性も存在するのです。