IDEOが参加する「D4V(Design for Ventures)」から出資を受けたNEW STANDARD社では、デザインシンキングのアプローチを取り入れ、新規事業開発に取り組んできました。その結果生まれたのが、セルフコンディショニング・サプリメント「Tune」でした。
いかにして、新規事業開発にデザインシンキングのアプローチを活かしたのか。この記事では、IDEO共同経営者のトム・ケリーも視察しにきた、わたしたちのメソッドを紹介します。
デザイン・シンキングを活用して、独自のフレームワークに
NEW STANDARD社は、新規事業として開発を進めてきた、セルフコンディショニング・サプリメント「Tune」を2020年月4月にローンチしました。
「モノが溢れている時代において、わたしたちが豊かだと思える価値観はなにか?」という問いを起点に、ウェルビーイングに貢献するサプリメントTuneの開発にとり組んできました。
そんなTuneの開発プロセスで活用したのが、デザインシンキングです。2019年5月に「TABILABO」から「NEW STANDARD」へ社名を変更し、その際に出資を受けたのが、D4V「(Design for Ventures)」でした。
同社は、デザインシンキングの生みの親である「IDEO」と、日本のベンチャーキャピタル「Genuine Startups」の合弁で2016年に設立された企業であり、会長をIDEO共同経営者のトム・ケリーが務め、アーリーステージの日本のスタートアップに対して、デザインシンキングをインストールする側面をもちます。
社名変更のタイミングからD4Vの高橋亮さんに参加いただき、デザインシンキングのフレームワークを社内のメンバーにインストールしてもらいました。そのプロセスの全貌は以前ご紹介したとおりです。
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それ以降、NEW STANDARD社ではデザインシンキングに、ケイパビリティをかけ合わせ、独自のフレームワークとして活用しています。
「クリエイティブやコミュニケーションがわたしたちの生業なので、デザインシンキングは社内に浸透しやすいと考えていました。デザインシンキングを活用するうえで重視しているのは、わたしたちのケイパビリティやメソドロジーをどうしたら最大限活用できるのかという点です。当社には、メディア、広告、カフェ&イベントスペースなど多岐にわたる事業や独自ツールが存在するので、デザインシンキングがかけあわさることでの相乗効果を意識しています」
代表の久志がこう語るように、新規事業以外にも独自のクリエイティブのフレームワークを生み出すことにつながったり、社内のプロジェクトでも活用されたりしています。
「妄想」から始め、
製品のプロトタイプ開発や
ユーザーヒアリングを行なう
「セルフコンディショニング・サプリメントTuneの開発プロセスを振り返りながら、メソッドの応用について紹介させてください。
はじめに、わたしたちは、ユーザーを観察・インタビューし、その課題を解決するためのアイデアを模索していきました。」
Tuneの開発メンバーのひとりであるデザイナーの白鳥はこう語ります。しかし、プロセスを進めていくなかで、一度壁にぶつかることになります。
「既存サプリメントに関するユーザーヒアリングを行っていくと、たくさんの課題があることを発見しました。これらを解決するプロダクトの開発には、ユーザーを観察し、ユーザーとともに製品を開発するプロセスが必要だと思い、デザインシンキングを取り入れたんです」
「現状のユーザー課題と向き合うことで出てくるアイデアは、既存課題の『改善』はしているものの『いままでにない新しいなにか』を生み出すには至らなかったのです。そこで、わたしたちはデザインシンキングを用いる前に、自分たちがあったらいいなと思う世界、人の在り方といった『妄想』のようなビジョンから考え、チームメンバーでそれらを徹底的に協議しました」
最初は抽象的なビジョンであっても、徹底的に協議を重ね、言語化・構造化を進めていきました。完成したビジョンを実現するためのアイデアを出し、製品のプロトタイプの開発やユーザーヒアリングといったデザインシンキングの手法を用いて検証し、改善していきました。
「デザインシンキングのアプローチを用いたプロセスの最初で行き詰まったときはとても苦しかったのですが、自分たちの理想の状態を定義し、それをデザインシンキングのプロセスで検証していくという方法は、とても大きな発見でした」
と白鳥は振り返ります。
実際、Tuneの開発過程では100名以上の対象ユーザーにインタビューを行ないました。それを経て、彼/彼女らの課題やライフスタイル・仕事における特徴を抽出し、プロダクトのプロトタイプ開発につなげています。
現在Tuneはcoreと6つのcustomから構成されていますが、これはユーザーインタビューを経て決まったことでした。対象ユーザーならではの仕事や生活における課題や特徴を分析し、coreだけでは補えない変数があることを発見し、customをつくり、その6つの種類を特定してます。
また、ユーザーインタビューで出てきた、サプリメントを飲むという行為の「習慣化」が難しいことは課題のなかでもクリティカルでした。それが起きている原因を丁寧にヒアリングし、その原因を減らすように配慮したり、習慣化をサポートするプログラムをつくったりと、ユーザー体験の設計に活かしています。
スタートアップにとって
「デザイン」が武器になる
Tuneのローンチを約1ヶ月後に控えたタイミングで、NEW STANDARD社にIDEO共同経営者トム・ケリーが遊びに来てくれました。目的は、デザインシンキングやD4Vの存在がどのようにスタートアップに価値を提供しているかをヒアリングするためでした。以前、わたしたちはサンフランシスコにあるIDEOのオフィスでもトムに会ったりと、パートナーとしてNEW STANDARDをつねに応援してくれていました。
「デザインシンキングは大企業やメーカーだけのものと思っている方が多くいるので、さまざまな企業を訪問しているんです」
と、トムは説明したのちに、久志に対してTuneの開発ストーリーを掘り下げて聞いていきます。自身が提唱するデザインシンキングのプロセスをCEO自らが実践する姿勢には、Tune開発チーム一同は学ばなければならないと思わされました。
トムからのインタビューを終えたあとに、わたしたちもトムにいくつかの質問を投げかけてみました。「スタートアップにとって、なぜデザインシンキングが重要なのだろう?」そんな問いに対するトムの回答をここに掲載します。
「100年もの間、世界最高のビジネススクールは分析の方法を教えてきたと思っています。スプレッドシートをつくり『商品の原価は?』『流通コストは?』といった点についてです。それはコストを下げることを目的としていて、いいことだし、辞めてはいけません。でも、コストを下げるだけでは、中国企業に負けてしまいます。
デザインシンキングこそがあなたの会社を差別化するための最良の方法だと思います。これを信じているのは、わたしだけではありません。米国のベンチャーキャピタリストのスティーブ・ヴァッサロは『The Way To Design』という本を書き、デザインこそがスタートアップの差別化要因だと主張しています。
シリコンバレーにいると、デザインシンキングを活用している他の1000社のスタートアップと競合することになります。Airbnbの創業者はわたしの兄の学生でしたが、彼らは会社設立当初からデザインを主要な要素のひとつとして取り入れています。
日本のスタートアップ・コミュニティではデザインシンキングはまだそれほど浸透していません。だからこそ、デザインシンキングを使って他のスタートアップとの差別化を図ることができるわけです。国にとっては悪いニュースですが、イノベーターになれれば良いニュースですね(笑)」